2021.08.31

「マッカンドルー航宙記」チャールズ・シェフィールド著、酒井昭伸訳

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読んでみた、アメリカ人作家による長編SF小説。1983年発表。

ジーニー船長の宇宙船に乗り組むのが、天才的物理学者「マッカンドルー」。彼は加速Gを相殺し、真空からエネルギーを取り出す画期的な宇宙船を開発。2人は広大な宇宙空間で、様々な冒険の旅を繰り広げるのだが…という内容。

短編連作の形で発表された本作、1993年には続編「太陽レンズの彼方へ」も刊行されている。本書はいわゆる「ハードSF」として、かなり念入りな科学考証が行われているが(巻末の著者自身による解説も楽しい)…印象としてはニーヴンの「ノウンスペース」シリーズに近い、ワクワクする冒険物語となっている。

まさに「これこれ、こういうのだよ」って感じ。とは言えコロンブスの卵的なアイデアによる宇宙船は、イーガンを経過した後だと「人間をデータ化したらこんなの要らんわな」という気が。でもそこがいいのだ。未来の宇宙旅行はこういう風になる…とは全然思えないけれど、だからこそ未来への夢も広がるというものさ。
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2021.08.30

「暗黒星雲」フレッド・ホイル著、鈴木敬信訳

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読んでみた、イギリス人作家による長編SF小説。1957年発表。

宇宙の一点に、不可解な黒い領域を観測。しかもその「暗黒星雲」と思われる現象は、地球へと急速に接近していた。未曽有の災害を予見したキングスリーを中心とする科学者チームは、英国内に拠点を構えるのだが…という内容。

ホイルは多大な功績を残した天文学者だが、SF作家としても有名。本書は著者初の小説で、彼が実際に同僚達と行ったであろう議論の雰囲気が臨場感ある一方、二転三転するストーリーからは書き手としての才能も窺える(本書で着目された「通信」技術要素は、後の「アンドロメダのA」へと発展したのかも?)。

本書には多分「ウルトラQ」のある回が影響を受けていそう…具体的には言わないけど。それより著者は「定常宇宙論」の提唱者として知られるのに、本書では何故か「ビッグバン宇宙論」を採用している(爆発宇宙という言葉が出て来る!)様なのが不思議。まあそのお陰でか?、今読んでも古びていない面白い小説。
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2021.08.28

ザ・フォール / 落下の王国

観てみた、ターセム・シン監督映画。2006年公開。

1915年、LAの病院。映画撮影中の落下事故で負傷したスタントマンのロイは、ベッドから動けない状態のまま入院が続いていた。そんな時木から落ちて腕を骨折した少女、アレクサンドリアが彼の前に現れる。ロイは彼女に請われて、6人の男達が悪者に復讐を誓う物語を、話して聞かせるのだが…という内容。

13か所の世界遺産、24の国でロケーションを敢行したという物語場面が見所。それらをパンフォーカスで捉えた鮮明な映像は、一見すると非現実的にも思える風景の連続だが…本作のユニークなイマジネーションを盛り上げている。

でも結局それらの華麗な映像も、ラストに見せられるサイレント時代の映画での、驚愕する様なスタント場面には及んでない気がして。とは言え本作では語りのメタ構造が、「映画製作者賛歌」という意味も示唆していそうだから、別にそれはいいのかな。ただそれだと今一つ、「落下」というモチーフの解釈に困るが…
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2021.08.27

「ディアスポラ」グレッグ・イーガン著、山岸真訳

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読んでみた、オーストラリア人作家による長編SF小説。1997年年発表。

データ化された人類が仮想世界で生活する一方、肉体を持ったままの人々が共存している未来。ある日Γ線バーストが地球を直撃、深刻な被害をもたらす。人々は世界の謎を解き明かすべく、宇宙に「離散」するのだが…という内容。

シオニズムとは関係ない方のディアスポラ。素粒子論や数学等、ゴツゴツした科学用語を投げ込んだ本書は、著者の中でも大変に難解な内容で知られるのだが…確かにSFを読み慣れてないとつらいかも。でも楽園追放の設定でステルヴィアやロビハチをやる話だし、アニメだけ見てればヨユーじゃないかな(暴論)。

個人的にイーガンの登場でハードSFってジャンルは、「情報工学」ばかりになった印象があるんだけど。ずっと「宇宙工学」中心のSFに馴染んで来たので、正直好きにはなれなかった。でも本書はその点、まさに大宇宙SFって感じでよかったのだわ。…後書にもあった様に、自分も「スターメイカー」を思い出したし。
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2021.08.25

シェルタリング・スカイ

観てみた、ベルナルド・ベルトルッチ監督映画。1990年公開。

1947年の北アフリカ。ニューヨークからやって来たのが、ポートとキットの夫妻に友人であるタナーの3人。微妙な夫婦間のすれ違いから、キットはタナーと関係を持つ。ところが砂漠旅の途中でタナーと別れてから、ポートが熱病に感染し重篤な状態に陥ってしまう。キットは夫を必死に看病するのだが…という内容。

原作はポール・ボウルズの小説「極地の空」で、本作映画版では著者自身が脚本も担当している。また音楽に関しては、「ラストエンペラー」から引き続いて坂本龍一によるもの。音楽と言えばKing Crimsonがアルバム「Discipline」(1981年)で、同名の曲を手掛けている。元々結構名の知られた原作だったのか。

内容的には夫婦間の関係が一方の死によって失われる一連の経緯を、砂漠やその地で暮らす人々を捉えた映像と共に描くもの。確かに風景は雄大だけれど、前作ラストエンペラーほどのスケールを感じないのは、まあ致し方ないか。
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2021.08.24

「反乱 / 反英レジスタンスの記録」メナヘム・ベギン著、滝川義人訳

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読んでみた、イスラエル人著者によるノンフィクション/自伝。1952年発表。

英国占領下時代のパレスチナで、武装組織「イルグン」を率いて独立運動に従事したのが、著者こと「メナヘム・ベギン」。本書は彼が同地を訪れた1941年から、イスラエル独立の1948年までを綴った闘争の歴史である…という内容。

著者は後にイスラエル首相となり、エジプトとの平和条約締結によりノーベル賞を授与された事で知られている。でも本書での彼はバリバリの武闘派で、急進的なレジスタンス組織(英側からはテロリストと呼ばれた)の長。その際の体験を克明に記した本書は、大変な驚きと共に非常に興味深い内容となっている。

凄惨な戦いも辞さない一方で常に公正を希求する姿勢は、現在の同国に間違いなく受け継がれている。…でも本書はそれだけではなく、抵抗活動を行う中での、生活人としての自身も描いているのが興味深い。特にアーサー・ケストラーとの間で行った暗闇の会見時の、ユーモラスな語り口なんか大層面白かった。
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2021.08.22

母の残像

観てみた、ヨアキム・トリアー監督映画。2015年公開。

自動車の運転中に不可解な死を遂げた、世界的戦場写真家のイザベル。3年が過ぎて彼女の回顧展が開かれる事になった。遺族である夫・ジーンと2人の息子達・ジョナとコンラッドは、写真展の準備をするに当たって彼女の隠された一面を知る事に。そしてコンラッドは母親の死の真相を前にして…という内容。

本作のトリアー監督はなんと、ラース・フォン・トリアーの甥に当たる人物。そう聞くとどうしても、(申し訳ない事に)不安を覚えてしまうのだが…監督作としては3本目の本作を観た限りだと、意外や真っ当な感性をしている様に思われる。

母(ゴジラKOMのアースマザー似)の実像を知る事で変わる家族を描いたホームドラマであり、その事で揺れる少年の内面を描いた青春映画でもある。叔父のエキセントリックさに較べたら平坦で、正直掴みどころの無い印象…でも観念的な映像表現を見せる辺りなどは、トリアーよりグリーナウェイみたいだった。
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2021.08.21

「REKISHI GUNZO SERIES Modern Warfare / [図説]中東戦争全史」学研刊

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読んでみた、歴史雑誌の別冊/ムック。2002年発表。

1948年のイスラエル建国を皮切りに、パレスチナの地を巡ってユダヤとアラブの間で行われた「中東戦争」。本書はその4度にも渡る戦闘を中心に、同地の宗教・政治の歴史から、軍事や人物等のエピソードを紹介する…という内容。

実はあまり読んだ事はないんだけど…本書の母体である「歴史群像」って、誌名からだと総合歴史雑誌って感じなのに、毎号採り上げているのは戦史研究ばかりって気がする(違ってたらごめん)。なのでまるごと一冊「中東戦争」の本書も、兵器や戦術に部隊編成といった、主に軍事関連の話題を採り上げている。

イラストや地図・作戦展開図等も豊富で、実際理解しやすい構成になっているのはありがたい(戦車雑誌だけじゃ、やはり断片的的な事しかわからんね)。…それらに加えて主要な政治家・指導者といった関連人物の紹介を読むと、やはり本書が軍事の雑誌ではなく、「歴史雑誌」である事の持ち味なんだろうなと。
posted by ぬきやまがいせい at 21:36 | Comment(0) | 読書

2021.08.19

「ミリタリーモデリングマニュアル / イスラエル戦車編」ホビージャパン刊

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読んでみた、日本の出版社による模型ムック。2018年発表。

近年多数の車輛がプラモデル化されている「イスラエル戦車」。本書は同国軍の沿革から、メルカバを始めとする各種車輛の作例。そして製作の過程を追った解説・写真等で、イスラエル戦車模型の魅力を紹介していく…という内容。

自分もイスラエル戦車のプラモはいくつか購入しているので、その製作の際に参考にしようかなと(…思いつつ、ずっと積んでいる訳だが)。国内国外を問わず、有名戦車から意外な車輛までインジェクション・キット化されており、高価な改造用レジンパーツでもなきゃ無かった頃を考えたらだいぶ隔世の感があるな。

本書は作例を眺めているだけでも楽しいけれど、イスラエル軍や同国の対外情勢の解説も押さえており、読み物としても案外悪くない(中東戦争史は小さい文字で、見開き2Pに押し込んでるが)。しかし近年ウェザリング技術の向上はすごいねえ。チッピング・フィルタリング・カラーモジュレーション…うーむ呪文か何かかと思った。
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2021.08.18

「ウォーマシンレポートNo.100 / イスラエル機甲戦」アルゴノート社刊

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読んでみた、戦車雑誌の増刊号。2021年発表。

戦車を始めとする機械化装甲部隊による戦闘が「機甲戦」。本書はイスラエル建国よりの数々の戦闘から、実際の戦車搭乗員を始めとする当事者インタビューに加えて、数々の戦場写真により同国の機甲戦を紹介する…という内容。

WMRシリーズの記念すべき100号が本書。上記の通り戦車乗員や機甲総監といったイスラエル軍の関係者から、直接戦闘状況や戦車の運用等に関する証言を得ているという実に貴重な内容。六日戦争からガリラヤ平和作戦、車輛はM48からメルカバといった辺りが話題にされており、そのどれもが興味深い。

特に第四次中東戦争(ヨム・キプール戦争)におけるゴラン高原で、何とセンチュリオン・ショト単騎で多数の戦車に立ち向かったという英雄、ツビカ・グリーンゴールド(当時)中尉の記事などは必読。そんな映画みたいな人が本当にいるのだなあと、驚く事必至なのだわ。…掲載された写真も、全部初見な気がするし。

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2021.08.16

「ウォーマシンレポートNo.99 / イスラエル シャーマン」アルゴノート社刊

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読んでみた、戦車雑誌の増刊号。2021年発表。

第二次世界大戦中、アメリカ軍により開発された「M4シャーマン」中戦車。同車は1948年の建国よりイスラエルに配備され、更にその後も強化・改造を経て、長年に渡って運用された。本書は同国軍の「シャーマン」戦車を解説する。

ほぼスクラップ同然で入手した車体の涙ぐましい努力による戦力化から、世界最強のシャーマンである105mm砲搭載「M51」の誕生。それに加えて自走榴弾砲や回収型等の派生車輛に、退役後チリへと売却された同車のその後…と盛りだくさん。まあ知ってる話もあったものの、初見の写真も豊富で楽しめる。

信頼できる安心のシリーズ、というのは間違いないのだけれど…イスラエル戦車における「部隊識別表示」の解説が、資料ごとに違ってて困る。本書の場合車体の「∧」「∨」といったマークは「中隊」を表すとあるのだが、他社書籍だと「小隊」だったりする(時期でも違う?)。まあでも愛好者には有難い本なのである。
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2021.08.15

「火星転移(原題:Moving Mars)」グレッグ・ベア著、小野田和子訳

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読んでみた、アメリカ人作家による長編SF小説。1993年発表。

移民が行われた22世紀後半の火星。女性政治家・キャシーアが担当する地球との交渉での懸念材料として、彼女の元恋人である物理学者・チャールズの研究が取り沙汰される。それは両星の力関係を覆す程のもので…という内容。

「火星転移」という題名は実は結構なネタバレ。しかも本作はいわゆる「ワンアイデア」SFでもあるので、大胆と言えば大胆な配剤だ。ただ本書はそのせい?で、上下巻の上巻が人間関係や地球火星間政治・文化等の説明に終始しており、本筋のストーリーが進展しない事もあって読むのがしんどい程に退屈だった。

まあ下巻に来れば成程、必要な前振りだったと納得はしたのだけれど。仮にこの「火星転移」というすごい描写を期待させるタイトルでなかったら、正直挫折してたかもしれん(だから実際適切だったんだな)。下巻は怒涛のSF的展開と共に、情感場面でじんわり感動させてくれるので…これは納得せざるを得んな。
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2021.08.13

ミッドサマー

観てみた。アリ・アスター脚本、監督映画。2019年公開。

女子大生・ダニーの妹が、ある日父母を道連れに自殺する。翌年彼女は友人達と共に、スウェーデンのホルガ村で行われるという、90年に1度の夏至祭へ参加する事に。だが白夜の中ダニーが目撃したのは、崖から次々飛び降りる自殺者を始めとした、その村で代々続いているという忌まわしい風習で…という内容。

ホラーかなこれ? まあホラーでもいいけど個人的にはむしろ、露骨なグロ/ゴア描写のあるカルト映画という印象。気持ち悪い・薄気味悪いだけで一向に怖くはなかったので…これが新時代のホラーと言われたら、まあそうなのかなあ。

喩えるなら21世紀版「ウィッカーマン」「2000人の狂人」とか、めっちゃお金のかかってる「魔の巣」とか。定番的な題材を、センスよくまとめる手際に優れた監督って事なのかもな。…そういう意味では本作の透明感のある、漂白された様な画面は(上記とは違う意味で)、ホラーらしからぬ感触がユニークではある。
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2021.08.11

「火星夜想曲」イアン・マクドナルド著、古沢嘉通訳

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読んでみた、イギリス人作家による長編SF小説。1988年発表。

地球からの植民が行われてからも尚荒涼とした、火星の一角。最初にアリマンタンド博士が住み着いたその土地は、やがて「デソレイション・ロード」と呼ばれる様になる。人々は様々な喜び、そして悲哀の歴史を紡いで…という内容。

King Crimsonじゃない方のマクドナルド。本書はSF版「百年の孤独」と呼ばれる事が多いのだが…実際それ以上に適切な表現はない気がする。著者は「マジックリアリズム」の手法をSFに採り入れる事を目指したそうで、ふんだんな奇想や幻惑的な文章はSFとしては独特で、相当な力作なのは間違いないだろう。

ただ本書の魅力の大部分が、マルケスからの借用というのも確かなのでねえ(途中から急に凄惨な戦闘が始まったりするけど…これはむしろ筒井感)。まあ本書は個人的に、サンリオ文庫から出てたとでも言われた方がしっくり来る様な異色作。そういやマルケスの「エレンディラ」も、サンリオからの刊行だったしな。
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2021.08.10

アトミック・カフェ

観てみた。K・ラファティ、J・ローダー、P・ラファティ監督映画。1982年公開。

第二次大戦でアメリカ軍が世界で初めて開発、実戦に使用した「原子爆弾」。本作は同国で製作されたニュースやTV番組、広報映画に記録フィルムといった映像素材を編集し、当時の核を巡る狂騒を浮かび上がらせる…という内容。

2004年に再上映されたので、意外と知ってる人は多いと思うけれど…1983年の日本公開時もそれなりに話題にはなったのかな。田中角栄をモデルにしたギャグアニメ映画、「カッくんカフェ」(1984年)のタイトルは本作を踏まえたものだろうし(尚そちらは現在視聴困難な状況…一度は観てみたいのだがと長年)。

当時の公的な素材のみを用いた上、後年の視点からの解説等は排しながらも、アイロニカルでシュールとすら言える「原爆騒動」の時代を再現している。今なら「ユニークなドキュメンタリー」の一言で済ませてしまいそうだけど…でも公開当時は冷戦真っ最中なので、表層的な感覚以上の重さはあったのかもな。
posted by ぬきやまがいせい at 22:31 | Comment(0) | 映画

2021.08.08

「マン・プラス」フレデリック・ポール著、矢野徹訳

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読んでみた、アメリカ人作家による長編SF小説。1976年発表。

不穏な世界情勢を背景に、米国は「サイボーグ」による火星探査計画を進めていた。ところが当初の選抜者が死亡した為、次点となるトラウェイが新たに手術を受ける事に。サイボーグへの改造は彼に多くの苦悩を与え…という内容。

既にベテラン作家だった著者が作風を一新、「ニュー・ポール」と呼ばれる契機となった本書。内容自体はサイボーグという当時でも古風な題材だが、人体改造の詳細な描写・運用上のトラブルから、当人の内面的懊悩を大々的に採り上げた、かなり鮮烈な作品となっている(誰もが気になる、チ〇コ喪失描写も)。

なので読んでいて正直気が滅入ったりもするのだが(そういう非情さも斬新ではある)、本書はそれだけに留まらず、更に大きな意味での仕掛けが施されていた。これ別にサイボーグじゃなくてもよくね?、等の根本的な疑問が最終章で氷解してしまう構想・構成は見事。つれえ…と思いつつも最後まで読んでよかった。
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2021.08.07

「火星のプリンセス / 合本版・火星シリーズ 第1集」エドガー・ライス・バローズ著、厚木淳訳

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読んでみた、アメリカ人作家による長編SF小説集。1999年発表。

元南軍大尉のジョン・カーターは、突然「火星」に転移していた。彼はそこで火星の生物・文化と交流し、更にその星の人類の王女であるデジャー・ソリスと出逢う。彼女を危機から救うべく、立ち上がったカーターの運命は…という内容。

本書は著者の「火星シリーズ」初作品である「火星のプリンセス」(1917年)に、「火星の女神イサス」(1918年)と「火星の大元帥カーター」(1919年)を加えた合本版。その後もシリーズは続いたものの、カーターの子供に主役が代わる等あって、この初期3部作の評価が高い。じゃあ本書だけ読んどけばいいか。

それどころか個人的には「火星のプリンセス」だけで充分って気がした。と言うのもSF的な感覚が強いのは1巻のみで、後はほぼ異世界ファンタジーなんだもん。特に大気製造工場の設定が不思議で、土着生物の筈なのに火星人達は何でか火星をマーズフォーミング(?)してる。…ビターな終わり方もいいんだよ。
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2021.08.05

タンジェリン

観てみた。ショーン・ベイカー脚本、監督映画。2015年公開。

クリスマスイヴのダイナーで、トランスジェンダーの娼婦2人が対話している。シンディが親友のアレクサンドラから聞かされたのは、彼女の恋人であるチェスターが、普通の女性と浮気しているという事だ。怒りに我を忘れたシンディは、その女性を捕まえ引きずり回す。だが当のチェスターが言うには…という内容。

各地の映画祭で幾つもの賞を獲得した本作だが、実はごく低予算での製作によるもの。自然な演技が高く評価された主演陣は素人のトランスジェンダー女性で、更に映像機材に至っては全編をiPhoneを用いて撮影しているとの事。…でも広い画角で捉えたLAの風景と共に、リアリティのある画面が効果を上げている。

リズミックな音楽を背景にテンポの良い編集で描かれる進行からは、(まあストーリーどうこうという作品ではないが)非凡な技巧が伺える。…人物の設定的に下ネタが複雑というか屈折してるけど、洗車機の件りは爆笑してしまったな。
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2021.08.04

エコール

観てみた、ルシール・アザリロヴィック監督映画。2004年公開。

深い森の奥にある、少女ばかりが集められた「学校(エコール)」。ある日そこに連れられて来た6歳のイリスは、12歳になるまで少女達と共に生活する事になる。彼女達は日々ダンスのレッスンを受けるものの、それを外部の人々に披露するのは年に一回。少女達は学校の外に想いを募らせるのだが…という内容。

一時期ある「特定の層」に、大変話題になった映画。でも今となってはその特定の層が実際観ても、大して満足できる訳ではないという評価で定まった感じか。これだから普段アート系映画を見馴れない層は…とか思いつつ自分も実際観たら、何とも眠くて実に評価に困る映画だった(ゴメン、俺も満足できなかったわ)。

本作はフランク・ヴェデキントの小説「ミネハハ」が原作との事だが…この題材ならビクトル・エリセかカルロス・サウラに監督させろよと(特にダンス演出はサウラにやらせるべき)。まあ無理に褒めなきゃならない作品でもないよな、これ。
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2021.08.02

「レッド・マーズ」キム・スタンリー・ロビンスン著、大島豊訳

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読んでみた、アメリカ人作家による長編SF小説。1992年発表。

2026年、地球より火星移住者の先鞭「最初の百人」が出発した。惑星間航行や着陸という困難を乗り越え、彼らは遂に火星に文明を定着させる。そして数十年を経て、次々と新たな住民を火星に迎える様になったのだが…という内容。

本作の良い点は「詳細な描写による超大作なところ」、そして悪い点は「詳細な描写による超大作なところ」。要は美点も欠点も全く同じ持ち味から来るという。火星への植民、そして政治的対立で革命が起きる推移を、ハードな科学考証を踏まえて描いているのだが…くどくどしい割に無味乾燥な文章がひたすら続く。

特に人物間の(火星緑化を巡る思想じゃなく)感情面での対立は楽しくない。…とは言え終盤も終盤だが、カタストロフが訪れるとグッと面白くなるのも確か。最後まで読んで自分も成程こりゃすごいとは思ったけど、ユーモア皆無のクソ退屈さがなあ。でもその退屈さも、人によっては「美点」に感じられる作品かもって。
posted by ぬきやまがいせい at 21:45 | Comment(0) | 読書