2024.03.31

ジャズ・ロフト

観てみた、サラ・フィシュコ監督によるドキュメンタリー映画。2015年公開。

1950年代。マンハッタンの老朽化したビルを利用して、ジャズミュージシャンが気ままに演奏を行う「ロフト」が作られた。その中心となったのは写真家、ユージン・スミス。本作は彼が撮影した膨大な写真と録音されたテープ、そして実際に参加した演奏家や関係者の証言により、当時の熱気を振り返る…という内容。

スミス本人に関しては水俣病の実情を全世界に伝え、ジョニー・デップ主演で映画化もされた人、と言うのが一番通りがよさそう。個人的には自身の子供を撮影した代表作「楽園への道」の印象が強く、あぁあの写真の!となった。なので本作は単純な音楽ドキュメンタリーとはかなり違っていると、言っていいだろう。

有名なミュージシャンも参加しており、大変に貴重な記録のはずだが…それらも皆スミスの閉じられた内面世界を形作るもの、という印象があって息苦しい。ゆえにやはり「楽園への道」を残してくれた事は、見る側にも救いになるなあ。
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2024.03.30

デソレーション・センター

観てみた、S・スウェジー監督によるドキュメンタリー映画。2019年公開。

1980年代のLAではパンクロックの人気に比例して、警察からの暴力的な圧力も高まっていた。そこで彼らは有志を募って、広大な砂漠地帯で無許可のロックライブイベントを開催した。「デソレーション・センター」と名付けられたその催しは、特別な音楽空間を現出させカルト的な人気を集めるのだが…という内容。

そのイベントに出演したのが地元のMinutemenを始め、Sonic Youthや西独のEinstürzende Neubauten。更に破壊的なマシンバトルを繰り広げる、SRLも参加したというのだから面白い。知られざる米国ロック史の一面だな。

期待した程には演奏風景の映像が見られた訳ではないものの、貴重でユニークなドキュメンタリーではあると思う。個人的にビックリしたのは…まあノイバウテンのBlixa Bargeldの、現在の姿かなあ。正直誰?、と思ってしまう変貌ぶりだったけど(なんかワインの飲みすぎで太ったと、Wikipediaには書いてある)。
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2024.03.28

「日本語 新版」金田一春彦著

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読んでみた、日本人著者によるノンフィクション。1988年発表。

我々日本人が話し・書き、用いる言語である「日本語」。その意義・特質を外国語との比較に基づいて、発音や語彙、表記や文法といった様々な側面。更に多くの研究例や文学等の実用例を引きつつ、平易に解説していく…という内容。

本書は1957年、同じく岩波新書から刊行された同題の本の新版。旧版の刊行時からベストセラーとなり、現在でも読み継がれるロングセラーとなった名著である。これだけ豊富な内容が新書2冊にまとまっているので手が出しやすく、(著者本人も言っている通り)「日本語」というタイトルも決定版的な印象があるな。

圧倒的な物量のお陰か、日本語のよい面も悪い面も割とフラットに提示している印象。大変に重要な論題を扱っているとは言え、身近すぎる日本語なだけに、雑学・小ネタ集としても面白く読める筈。…とは言えすごい情報量なので、「日本語」の洪水をワッと浴びせるのはやめたまえ…と、言いたくなったりもして。
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2024.03.26

「娘たちの学校」J・ランジュ、M・ミオー著、菅原孝雄訳

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読んでみた、フランス人作家による長編小説/対話篇。1655年発表。

ある男性から求愛されている、まだ生娘のファンション。彼女をその気にさせるよう頼まれたスザンヌは、ファンションに男性との「性」の手解きをする。やがて想いを遂げたファンションは、その経験をスザンヌに語るのだが…という内容。

300部のみが地下出版された本書だが、当局の逆鱗に触れてしまい、焚書・発禁の上に著者のミオーには死罪が下された(でも逃亡)。これまで語られる機会が多かった割に、その希少性から仲々内容が知られなかったという本書。…で内容的には、2人の女性の対話形式で綴られる「ハウトゥーSEX」みたいな本。

なのでポルノと言うならまあそうだけど、官能小説の類とは違う感じ。著者は男性だそうなので、本当に女性を啓蒙する目的で書いたのかも(見出しが詳細で、すぐそのページが引ける仕様になっているし)。確かに面白いは面白いものの…「あまりのみだらさ、あまりの猥褻さ」なんて、帯にある文章は大袈裟だなあ。
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2024.03.24

「少女ヴィクトリア」セレナ・ウォーフィールド著、中村康治訳

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読んでみた、フランス人?作家による長編小説。1953?年発表。

屋根裏から発見された日記には、かつてその屋敷で暮らした少女・ヴィクトリアの性生活が告白されていた。屋敷の一家が迎えた2人の姉弟は、奔放な性の交わりで彼女を誘惑し、やがて引き返せない事態にまで陥り…という内容。

海外の性愛・ポルノ小説が200点程も訳出・刊行された「富士見ロマン文庫」、本書はその最初のラインナップだった。かつて西洋では発禁になっていたり、金子國義らが挿画を担当していたりと、今見ても好事家的な興味を惹かれる。内容も…まあエロ小説としては流石に刺激不足ながら、今でも仲々面白く読めた。

原書では当初「作者不詳」だったのだが、米国刊行の際にウォーフィールドという女性名がクレジットされた。でも今調べたらその作者は何と、ジョルジュ・バタイユの奥方である「ダイアン・ド・ボアルネ」が正体だとの事(!)。その説が正しいのかどうか判らないけれど、謎めいており本書の魅力を一層高める話だな。
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2024.03.23

「南回帰線」ヘンリー・ミラー著、河野一郎訳

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読んでみた、アメリカ人作家による長編小説。1939年発表。

ニューヨークの電信会社で採用され、雇用主任という役職を得た主人公。そんな彼の思考は幼い頃の危険な遊びから、近年における奔放な性遍歴。そして宇宙的な規模の思索へと、自由気ままに広がっていくのだが…という内容。

本書は「北回帰線」に続く著者の第2長編で、しかもそちらと同じく内容が猥褻的だとされ、各国で発禁処分となってしまった。自分が読んだ印象だと処女作は冒涜的ではあっても猥褻かなあ?、と思ったのと違って、本書は直接的描写も結構あるので致し方ないかも…という感じ(なので流れから本書を採り上げた)。

「冒涜的」と言ったけれど…イメージ的にはランボーやボードレールが「意識の流れ」で、長編小説を書いたかの様な作風なんだな。また若者の刹那的な生活描写が脈絡なく混沌的に描かれるのは、まさにロストジェネレーションとビートジェネレーションの橋渡し。そして、結末の巨視的な思考には感動してしまった。

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2024.03.21

「エロ事師たち」野坂昭如著

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読んでみた、日本人作家による長編小説。1966年発表。

昭和30年代。盗聴テープやブルーフィルムといった猥褻物を売りさばき、売春の手配といった非合法の商売までするのが「エロ事師」の通称・スブやん。彼は警察の目をかいくぐり、仲間達と共に大阪で荒稼ぎするのだが…という内容。

著者の初長編小説にして代表作。関西弁を駆使したリズミカルな文体で、戦後まだ間もない頃に裏で行われた性風俗事情を描いて、当時高く評価された。日本独特な湿度の高さと猥雑さを備えたエロティシズム文学…と言うか、ラブレー的に図太いファルスを大阪を舞台に描き、今現在読んでもべらぼうに面白い。

と同時に「死」を「性」と表裏一体のものとして描いた辺り、フロイト的だったりバタイユ的だったりするものの…そういう頭先行の学者的な分析を拒むかの様に、「生」的な反力がある。なので小難しい話はやはり似合わない。本書タイトルの(ちょっと引いてしまう)野卑さの通りに、生命力を感じたらいいんじゃないかな。
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2024.03.20

「花と蛇」団鬼六著

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読んでみた、日本人作家による長編小説。1992年-1993年発表。

遠山財閥のトップ・隆義の後妻である、美貌の令夫人・静子。監禁された彼女は、義娘を始めとする親しい人々と共に、ズベ公集団やヤクザどもから烈しい屈辱的な性的責め苦を受ける。そのSM地獄には、終わりがなく…という内容。

1962年「奇譚クラブ」誌で連載開始の本書(当初は花巻京太郎名義)、日本官能小説の先駆的作品として後続に多大な影響を与えた。実際読んでみて現在の官能小説と、殆ど変わらないのに驚いたけれど…今回読んだ太田出版刊行の3巻本には、加筆修正が入っているらしい。まあその上でも、やはりすごい。

すごいのは内容だけでなく「長さ」でもあって、完成版だと文庫10巻分にも渡って、延々SM描写が綴られる。それが余りにも同じ様な場面ばかりで、正直途中で読むのが面倒になった。でも最後には達観というか、悟りの境地に至る奇妙な清涼感があって…本書は「未完」とあるけれど、これ以上は必要ないよな。
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2024.03.18

「ファニー・ヒル / 一娼婦の手記」ジョン・クレランド著、中野好之訳

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読んでみた、イギリス人作家による長編小説。1748、1749年発表。

貧困の為に田舎から、大都会ロンドンへとやって来た「ファニー・ヒル」。彼女は結婚するも、夫とは別離する運命に見舞われ、やがて娼婦へと身を堕とす。本書はファニーがある夫人へ宛てた、手紙の形を採った告白録…という内容。

本書は近代好色文学のはしりとなった本との事で、先に紹介した「我が秘密の生涯」でも執筆の動機として触れられている。確かにエロ描写満載なのだが…時代的に直接描写は避けられており、修辞や比喩を重ねるだけ重ねた文体は、今読んで興奮できるようなものでは。それにファニーが娼婦になるのは本書では半分過ぎての上、彼女自身の体験より見たり聴いたりが中心だったりする。

結末での丸く収まりすぎな大団円からして、時代がかった一大ロマンスという印象。とは言え複数の訳者による邦書が出ている人気作?なのに加えて、日本での出版事情等も踏まえた上で読むと、やはり興味深い一冊じゃないかな。
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2024.03.17

「ロベルトは今夜」ピエール・クロソウスキー著、若林真訳

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読んでみた、フランス人作家による中編小説集。2006年発表。

元神学教授のオクターヴは、妻ロベルトに客と不倫の関係を結ばせもてなしとする、「歓待の掟」という考えに憑り付かれていた。それを知った甥アントワーヌは…という表題作(1953年)と共に「ナントの勅令破棄」(1959年)を収録。

上記の2作に「プロンプター」(1960年)を加えて、著者の小説の代表作である「歓待の掟」3部作を構成する。でも本書は3作目を欠く上、2作の発表順が入れ替わっており正直「?」となる。それ以上に案外直截的な性描写があるのに対して、恐ろしく難解な神学・哲学的な対話篇であるという、相当屈折した作品集。

これまた難解だが、先に読んだ「バフォメット」(1965年)が解説を読んだらまだ判ったのに対し、本書はまったく以てチンプンカンプン。「俗」な要素と「聖」な要素が結びついているのは(勿論意図的にしても)、質の悪い冗談みたいに思えてくる。個人的には文章で読むブニュエルの映画みたい、という印象かなあ?
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2024.03.15

「我が秘密の生涯」作者不詳、田村隆一訳

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読んでみた、作者不明の長編小説。1998年発表。

本書はある男が死後、友人に託した回想録である。その内容は彼の「性」にまつわる体験談で、幼い頃の性の目覚めから初老となった自分自身を見つめる記述。そして女性に限らず男性との関係までが、膨大な量書き綴られている。

…という体裁で19世紀の末頃に、私家版として刊行された好色小説が本書。作者は不明ながら、ヘンリー・スペンサー・アシュビーというイギリス人実業家が執筆者と推定されている。なにしろエロ本蒐集家としても有名だった人物なので(谷村新司みたい)。読むと案外面白く、開高健や丸谷才一も絶賛したとの事。

ただ完訳版は全11巻という、尋常でない長さのもの。流石に自分も全部読む気にはならなかったので、河出書房版を読んだのだが…そちらは挿話を抜粋したダイジェスト版で、文庫本1冊(それでも結構な厚みがあった)。まあ手軽に読む分にはこれで充分だとは思うけれど、物好きな人は全訳版に挑戦しては?
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2024.03.14

「デカメロン」ボッカッチョ著、平川祐弘訳

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読んでみた、イタリア人作家による短編小説連作集。2012年発表。

14世紀半ば。大流行中のペストから逃れる為、男女10人がフィレンツェ郊外に引き籠る。その際各人が、一つずつ物語を披露するという趣向となった。それが10日間に渡って行われた、「デカメロン(十日物語)」である…という内容。

名前ばかりが有名だけれど、実際に読んでみると軽い小噺の集合体という感じ(とは言えどんなに短くとも、100話って分量はやはり通読するのが大変だな)。それから所謂「艶笑物」の方面を期待して読んでみると、むしろエッチな事ばかりしてると痛い目に遭うぞという、教訓説話としての印象が強いように思われる。

なので何を期待するかにもよるけど…本書の解説は、その手引きになるんじゃないかな。河出書房の新訳版には詳細な註と解説が付されており、予備知識がなくても楽しめた(まあ完訳ゆえの冗長さはあるかも)。その解説によると「神曲」は事前に知っておいた方がよい様だが…まあ別に読む分には関係ないよ。
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2024.03.12

「性と愛情の心理」フロイド著、安田徳太郎、安田一郎訳

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読んでみた、オーストリア人著者による科学論文集。1950年発表。

人間の無意識領域の解明で、心理学分野の画期的な先駆者となった「ジークムント・フロイト」。本書は彼の業績の中でも「性と愛情」に関する研究での論文をまとめ、フロイト精神分析の独自性を紹介する一冊である…という内容。

本書は「性の理論に関する三つの論文」(1905年)及び、「[文化的]性モラルと現代の神経質」(1908年)を一緒にまとめたもの。著者名が「フロイド」な辺りからも判る通り、翻訳自体はかなり古いものだが…(噛み砕いた入門書ではなく)フロイト自身の文章で彼の研究に触れられるのには、今なお価値はあるはず。

ただ(あまり詳しくないけれど)近年フロイト精神分析は、純粋科学として大分重きを置かれる事はなくなった感が。文学や芸術への多大な影響を介して知った様な自分にとっては、少々寂しい気もする訳だけど…逆に言えば本書も、文学の一種として読めばいいのかも。訳文と共に難しいものの、やはり興味深い。
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2024.03.11

「血と薔薇 全3号・復原」白順社刊

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読んでみた、日本の雑誌の復刻版。2003年発表。

「血と薔薇」は1968年から1969年にかけて、天声出版より全4号刊行された雑誌。うち3号までが「澁澤龍彦」の責任編集を謳っており、古書として長年高価取引されて来た。本書はその3号をまとめて復元したもの…という内容。

「エロティシズムと残酷の総合研究誌」という標題の元に、種村季弘や稲垣足穂といった錚々たる執筆陣が寄稿しており(澁澤はマンディアルグ「城の中のイギリス人」を連載)現在でも読み応えがある。と言うか何とも浮世離れした内容で、当時の世相等は殆ど反映していない為か…ある意味超然とした風情の雑誌。

本書である復元版は、実はオリジナル版よりも紙質や印刷がクオリティアップしているそうで、豪華な装いは1万超えという値段にも充分見合っているのでは(自分が持っているのは二版なので、結構売れた様だし)。ただ個人的には「エロティシズムの専門誌」という意味だと、この3冊よりもいいと思っているのが…

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2024.03.09

「エロティシズム」ジョルジュ・バタイユ著、澁澤龍彦訳

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読んでみた、フランス人著者による論考集。1957年発表。

生殖を目的としない、人間独自の性行動・概念となるのが「エロティシズム」。本書は「マダム・エドワルダ」等で性文学としての実作も行った著者が、エロティシズムに関して様々な用例を引きながら論述を行う重要作である…という内容。

先に紹介した「ソドムの百二十冊」でも度々引き合いに出しており、エロティシズムに関しては避けて通れない一冊。エロティシズムには「違反」「禁止」そして「暴力」が重要なファクターであるという見解は、現在では当たり前みたいに感じるけれど(駄目と言われたら見たくなる、みたいな話)…成る程、確かに膝を打つ。

今回読んだのは澁澤訳、本書は友人だった三島由紀夫が日本語訳を望んでいたとの事。でも彼の生前には、刊行が間に合わなかったのを悔いている。そのせいかは判らないけれど、文中結構何度も「よろめき」という言葉が出て来るのは、ちょっと面白かった。まあ個人的に読むなら、澁澤訳以外は選ばないしな。
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2024.03.08

「永井荷風[四畳半襖の下張]惣ざらえ」高橋俊夫編著

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読んでみた、日本人著者によるノンフィクション。1997年発表。

永井荷風が書いたとされる春本「四畳半襖の下張」は、幾度も地下出版された。1948年には警察に摘発された事で、荷風も聴取を受けたものの、自身は作者である事を否定。だが識者の見解では、荷風の著作というのが定説である。本書はその春本、そして事件をを巡る証言等を「惣ざらえ」する…という内容。

本書には件の春本も掲載されているのだが、現在のエロ系テキストを読みなれていると、これで興奮するのは少々難しい。と言うか擬古文体で書かれているので、読むの自体が大変。しかも描写自体は機械的と言うか、風俗レポートみたいだし。と思ったら当時の読者からも、スポーツ小説みたいだと言われたとか…

でも本書はプロトタイプ版小説や報道記事、更に野坂昭如が訴えられた時の証人記録(石川淳が雄弁に語ってる)等も収録されており、すこぶる面白い。…今となっては知る人も減っただろうし、文学史上の一大事件の記録として貴重。
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2024.03.07

「ソドムの百二十冊 / エロティシズムの図書館」樋口ヒロユキ著

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読んでみた、日本人著者による書評/エッセイ集。2016年発表。

古事記や聖書から現代のエロ劇画まで、人類の歴史と切り離せないのが「性」に関する書物。本書では実録・空想を問わず「エロティシズム」について書かれた本、それらのうちの「120冊」を図書館に準えて紹介する…という内容。

書名は「ソドムの百二十日」からなので、本書でも澁澤龍彦の存在は大きい。でもカタリ派やヘリオガバルス等のいかにもな話題だけではなく、近年のサブカル方面等への目配せもしている辺りは、仲々新鮮だが…本としては少々軽い。加えて妙に内容のネタバレに気を遣っているのも、評論と言うよりエッセイ的。

それもその筈、本書は投稿エロ雑誌に連載されたコラムをまとめたものらしい。そう言われると成る程納得すると同時に、バタイユだマンディアルグだという名前の踊る記事が、エロ本に載っていたというのにも結構驚く。…こうした横断的でスーパーフラット(死語?)な観点は、澁澤にはない本書の面白さじゃないか。
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2024.03.05

「官能小説の奥義」永田守弘著

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読んでみた、日本人著者によるノンフィクション。2007年発表。

戦後の日本で発展を遂げた、性描写中心の活字ジャンルが「官能小説」。官憲との攻防から独自の表現を模索した官能小説を、その歴史や作家。更にある意味隔絶された文章技術を、豊富な用例と共に紹介していく…という内容。

個人的には特に、文体の変遷と共にその時々で先導者となった作家を紹介してくれているのは、勉強になった。一方独特の性表現を、たっぷり解説してくれるけれど…流石に今現在そのまま活用しようって人は、いないんじゃないかな。

お上の機嫌を損ねない為の多種多様な文章の工夫は面白いものの、馬鹿みたいにダイレクトな書き方をしたところで現在では、手が後ろに回る訳じゃないしな。まあ逆に言うと今や失われつつある官能小説の修辞世界を、こうして整理・分類して書き留めておいてくれたのは、(書き手ではなく)読者として実に有難い話ではなかろうか。そういう意味だと本書はあくまで入門書で、もっと凄いのが…

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2024.03.03

「レコード業界」河端茂著

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読んでみた、日本人著者によるノンフィクション。1990年発表。

録音された音楽をメディアに複製して販売するのが、一大産業であるところの「レコード業界」。本書はその1990年代当時の現況を踏まえて、豊富な数値面のデータと共に、同業界の問題点や展望を明らかにしていく…という内容。

本書は1977年に刊行された同著者による「レコード産業界」を、増補するに当たって改題したもの。本書刊行当時の業界は、レコードからCDに主流が移った端境期で仲々興味深い。…と言うか自分は現在の同業界に興味ないので(サブスクとか知るか)、日本レコード産業の歴史や当時の問題等は面白く読めた。

当時同業界にとって大変な脅威となっており、著者も重大な危機として紙幅を割いているのがレンタル店問題。今や衰退が叫ばれている事を思うと、隔世の感があるな。本書は業界人向けなので、古すぎる数値データ等一般人の自分には何の意味もないけれど…いい時代だったんじゃ?、って思ってしまうな。
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2024.03.02

「電車の運転 / 運転士が語る鉄道のしくみ」宇田賢吉著

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読んでみた、日本人著者によるノンフィクション。2008年発表。

我々の生活に密着しながらも、その実情はあまり知られていない「鉄道」。本書は元JRの運転手である著者が、鉄道の運行や安全に関わる技術的側面を中心に「電車の運転」に関して、その知られざる世界を詳説する…という内容。

安価な新書本なので、くだけた内容かと思ったらこれが大間違い。ビックリする程に専門的だった。電車すなわち「電気列車」と言うだけあって、特に電力で運行・制御される機械だという事が念入りに説明される。モーター/ブレーキ等を用い、それを走行/停止させるのが、直流/交流等の各形式うんぬんかんぬん。

知っている様でまるで知らない事ばかり、実に奥深いものと判った(でも解ってない)。…とは言えそれ以外にも、運転士の心情的な面が窺える記述もあり、乗客の安全を背負った仕事としての重責も伝わる。各章の冒頭には鉄道関係者が詠んだ短歌や俳句が掲げられており、本書に不思議な感興を添えている。
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