2024.12.31

「完本 妖星伝」半村良著

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読んでみた、日本人作家による長編伝奇/SF小説。1998年発表。

歴史の裏面で暗躍して来た異能集団「鬼道衆」。江戸時代となって、彼らは長年待ち侘びた「外道皇帝」の誕生を察知する。ところがその謎めいた存在は同時に複数出現、しかもどうやらそれらは異星からの来訪者で…という内容。

1973年に連載が始まり、長い中断を経て1993年に完結した大長編伝奇小説。純粋な伝奇と言うより、伝奇的傾向の強い日本SF小説に先鞭を付けたという意義は大きい。「神州纐纈城」からの影響を出発点に、自由奔放に想像力を広げた上(前掲書とは違って)見事に完結させた点からして、実に大変な作品だ。

当初の活劇的内容もよいけれど…最終章で律義に伏線をまとめ上げ、仏教思想と宇宙論と生命観を独自の見解で綜合させた上、更にに突き抜けたスケールは実にもって法外。ここはやはり「SF」として、孤高の境地に達していると言うべきだろう。しかし長い…「完本」は文庫3冊だけど、流石に分厚過ぎるだろこれ。
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2024.12.29

「鳴門秘帖」吉川英治著

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読んでみた、日本人作家による長編伝奇/時代小説。1927-1933年発表。

江戸時代。幕府転覆の計略を探る為、阿波に隠密が送られた。虚無僧姿に身をやつす美剣士・法月弦之丞も、そうした1人。彼は10年前に囚われた隠密の娘であるお千絵を気に掛けつつも、危地へと身を投じるのだが…という内容。

1926年大阪毎日新聞で連載された著者の出世作。主人公も人気だったものの出番が少ないので、むしろ悪役や協力者の方が目立っている。しかも題名の「秘帖」は5/6過ぎて急に生えるし、「鳴門」も出はするけれど大して重要な場面でもないという。その場その場で盛り上がればいいという、新聞小説ならでは。

とは言え主人公が高らかに尺八を吹いて、悪役の前に颯爽と登場する演出はキカイダーかよと。加えて主人公が3人の女性から迫られるハーレム状態に至っては、ラノベ的でビックリ。人物の動機付けが色恋ばかりなのには閉口したものの、人間と言うのは昔からラノベ的なものが好物だったのだなあ…と納得。
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2024.12.28

「至福千年」石川淳著

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読んでみた、日本人作家による長編伝奇/時代小説。1967年発表。

幕末の激動のさ中。隠れキリシタンの集団はその混乱に乗じて、社会の大変革を画策していた。妖術を用いて下層階級の人々を操る加茂内記を筆頭に、様々な思惑を持った者達が歴史の裏側で暗躍する。そして遂には…という内容。

伝奇小説には違いないものの、幕末史の裏側ではこんな事もあったかも?、というif歴史小説といった趣き。妖術や予言、曰くありげな人物は登場するものの、正史から大きく逸脱する訳ではないので…スペクタクルや派手な立ち回りを期待したらアテが外れる(外れた)。まあ作者は文学者なんだから当然ではある。

殆ど会話してるばっかりじゃんという内容で、読みながら正直ヤキモキした。いや神州纐纈城と同じ、活劇を期待したのが間違いだった訳で。本書はむしろ、その江戸ことばを用いた語り(ビックリする程調子よく読める)を楽しむべきなんじゃないかな。それを最初から判ってたらな…「紫苑物語」とか好きなんだし。
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2024.12.26

「神州纐纈城(しんしゅうこうけつじょう)」国枝史郎著

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読んでみた、日本人作家による長編伝奇/時代小説。1968年発表。

武田信玄の家臣、土屋庄三郎昌春が手に入れた紅色の不思議な布。彼はその紅布の導きで、富士山麓に密かに築城された「神州纐纈城」の存在を知る。伝説でその布は、人血を絞って染め上げた物だというのだが…という内容。

1925年から翌年にかけて、雑誌「苦楽」で連載された本作。伝奇小説の大名作として名高いのだが、実は未完に終わっている。加えて行き当たりばったりとしか思えない筋運び、でもその奇想や奔放さが多くの人々を虜にして来た。三島が比較した谷崎の「乱菊物語」も未完だし、伝奇には未完が似合う…のかも?

大勢の人物が入り乱れ(上ではああ書いたけど、主人公っぽいのは陶器師か)、終いには本筋がよく判らなくなってしまう。作者がコントロール不能になってぶん投げたのも仕方ない。でも逆に言えば、そのとんでもない熱量のまま物語が閉じると言う…半村良の言う「未完の魅力」というのは、確かにあるなあと。
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2024.12.25

「南総里見八犬伝」曲亭馬琴著、小池藤五郎校訂

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読んでみた、日本人作家による長編伝奇小説/読本。1990年発表。

室町時代。南総里見家の伏姫と飼犬・八房との因縁を受け、霊玉を携えて誕生した8人の「犬士」達。姫の守護と宿命の導くまま、やがて集結する八犬士だが、彼らの行く手には常に試練と絶えざる敵との闘いがあって…という内容。

1814年から28年を掛けて執筆された、江戸時代を代表する大長編。馬琴はその間失明という困難に遭いながらも、完結を諦めなかったのには感服する。本当に面白く、日本が世界に誇る素晴らしい作品だが…当初の血沸き肉躍る伝奇冒険小説から、いつの間にやら軍記物へと、テイストが変わってしまうのがな。

あと素藤が登場した辺りから、八犬士の出番が激減してしまうのも。犬士がいないと実につまらなくなるのだけれど、だからって親兵衛ばかり出て来られても、どうにもいけ好かない。…といった様な自分の印象は、最終巻の内田魯庵による解説にそのまま書いてあって、ああ皆な昔から同じ様な感想だったんだなと。
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2024.12.23

シビル・ウォー / アメリカ最後の日

観てみた、アレックス・ガーランド監督映画。2024年公開。

大統領の暴挙に対する反発から、2大勢力に分かれ内戦状態のアメリカ。女性報道カメラマン・リーは、NYから自動車での移動で、DCに向かう事を決意する。新人写真家のジェシーを伴った旅は、多大な困難を極めて…という内容。

日本でもヒットを記録した戦争映画。全くの架空とは言えない危機意識を背景に製作された辺り、多くの反響を呼んだのだろう。ただ個人的な印象は、ゾンビの出ないゾンビ映画とでも言うか。荒廃状態の米国の風景を始め、本当に怖いのはゾンビじゃなく人間…という例のアレを、ゾンビ映画以外で見せられた感覚。

それを抜きにしても案外面白く観られたのは、最初から別にドンパチを期待してなかった為か。あと本作は音楽がセンス良いので、それだけで100点付けちゃおう。冒頭のSilver Applesに、Alan Vega & Suicideといったチョイスは、内容以上のワクワク感を与えてくれるのだが…まあ、ピンと来ないなら仕方ない。
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2024.12.21

スナイパー / コードネーム:レイブン

観てみた、マリアン・ブーシャン監督映画。2022年公開。

2014年。物理教師のミコラ・ヴォロネンコは、妊娠中の妻と共に平和なヒッピー生活を送っていた。そんな時ロシア軍の侵攻に遭い、妻を殺害されてしまう。民兵組織に加わり厳しい訓練を経た彼は、狙撃手として目覚ましい活躍を見せる様になる。だが妻を殺した敵兵を発見した事で、動揺してしまい…という内容。

本作はウクライナ映画庁のコンペで入賞し、多額の資金提供を受け製作。主人公のモデルは実在のスナイパー「マイコラ・ヴォローニン」で、実体験を元に彼自身が脚本を執筆した。製作開始は2019年だが、公開が現在も継続中のウクライナ戦争の最中となり、そちらへの言及も行われている辺りに注目したい。

狙撃シーンの雰囲気は仲々なもので、音楽を始め「静かな闘い」を描いた演出は悪くない。クライマックスが、ナイフでの接近戦だというのは突っ込みどころだが…俺実際こういう戦闘したわと言われたら、そういうものなんじゃないか。
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2024.12.20

デンジャー・クロース / 極限着弾

観てみた、クリフ・ステンダーズ監督映画。2019年公開。

1966年、ベトナム戦争に参戦していたオーストラリア軍陣地が砲撃を受けた。砲撃地点へパトロールに出ていたスミス中佐率いるD中隊は、北ベトナム軍の激しい攻勢に遭遇。その数実に2000、そして味方の兵は僅か108名だった。支援砲撃や爆撃を要請するも、じりじりと戦死者が増え続けて…という内容。

ベトナムにおける豪州軍の激戦、「ロングタンの戦い」を描いた実話映画。戦闘を発端から終了まで、じっくりと推移を追う形で映像化。早く場面が変わればいいのに、戦場に居続けなければいけないという、嫌な感覚が味わえた(?)。

ただ生々しさというのはほぼ無いかな…至近距離の爆発でも、兵士がクルクル回って吹っ飛ぶ(香港映画のワイヤーアクション風)だけだし。加えてスローモーション+音楽だけの無音演出など、テレンス・マリックの観念的戦争映画みたいだ。でもそのお陰か、感傷的な青春ものという感じもあるので、これはこれで。
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2024.12.18

13時間 / ベンガジの秘密の兵士

観てみた、マイケル・ベイ監督映画。2016年公開。

2012年のリビア。カダフィ大佐亡き後、ベンガジは危険地帯となっていた。そんな時米国大使が滞在する領事館が、武装集団から襲撃を受ける。ウッズを始めとする民間軍事会社=GRSは、CIAの秘密拠点へと撤退したものの、救援は絶望的だった。周囲を続々と敵の軍勢に取り囲まれて、遂には…という内容。

複数地点で発生した「アメリカ在外公館襲撃事件」の1つがベンガジで、本作は同事件を題材にした実話映画。…まあ要はリオ・ブラボーというか要塞警察というか。米軍はよくこういう事態に陥るな。ベイ監督だけあって戦闘シーンの迫力は仲々ながら、規模としては大きい話でもないせいか日本未公開となっている。

テクニカルこと武装トラック・トヨタが、トランスフォームでもしたらよかったんだけど(よくない)。……F-16の支援は来ないし、リーパーも上から見ているだけ。絶望度はかなりな状況なので、そういう辺りの緊張感はむしろよいのでは。
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2024.12.17

エンテベ空港の7日間

観てみた。D・ブリュール主演、ジョゼ・パジーリャ監督映画。2018年公開。

1976年6月。仏旅客機がハイジャックされ、乗客乗員合わせて260名が人質に取られた。犯人の要求は反ユダヤテロリストの釈放で、ユダヤ人以外の乗客は解放された。機はウガンダのエンテベ空港に着陸。イスラエル政府の対応を待つ犯人の中には、西独人のヴィルフリートとブリギッテがいて…という内容。

ハイジャックからの人質救出としては、未曽有の成功を収めた「エンテベ空港奇襲作戦」。映画化自体は今回が初めてではないが、本作ではテロリスト側の葛藤も描かれている辺り、ブラジル人監督が撮る意味があったと言えるだろう。

端々に挟まれる思わせぶりなコンテンポラリー・ダンス(?)演出は、リメイク・ロボコップでFocus「悪魔の呪文」をフィーチャした同監督らしいエキセントリックな趣向。ただそちらを抜かすとローテンションな演出が延々続く為か、あまり評判はよろしくない。「エリート・スクワッド」みたいな、リアリティがあったらなあ。
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2024.12.15

過去を逃れて

観てみた。R・ミッチャム主演、ジャック・ターナー監督映画。1947年公開。

ガソリンスタンド店主・ジェフは、数年前は私立探偵だったと恋人のアンに語る。彼はウィットから大金を盗んで消えた、キャシーという女の捜索を依頼されていた。キャシーを発見したジェフだが、彼女と恋人関係となってしまう。そんな時2人の前に追っ手が現れ、キャシーはその男を射殺してしまい…という内容。

原作はジェフリー・ホームズの未訳小説で、自身が脚本化している。本作はフィルムノワールの古典的名作として知られているのだが…主演のミッチャムの出で立ちからして、銜え煙草にトレンチコートのハードボイルド探偵そのもの。でもハードボイルドを映像化したものがイコール、フィルムノワールでもないよな。

ノワール小説はノワール小説であるし。でもそれを映像化してもフィルムノワールじゃないから、よくわからんな。…まあいいや。本作は過去と現在が行き来する展開に、まさに「宿命の女」を感じさせるジェーン・グリアがとても良いね。
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2024.12.14

深夜の告白

観てみた。F・マクマレイ主演、ビリー・ワイルダー監督映画。1944年公開。

ある男が録音機に向かって、自らが犯した罪科を告白する。保険外交員のウォルター・ネフは、訪れた実業家の邸宅でその妻・フィリスと出逢った。どうやら彼女の真意は夫の殺害にあると知りながらも、ネフは関係を持ってしまう。そして遂に保険金を目当てにした、身代わり殺人が実行されたのだが…という内容。

原作はジェームズ・ケインの小説「倍額保険」で、本作はフィルムノワールの原点作として高く評価されている。興味深いのは本作の脚本をワイルダーと共に、レイモンド・チャンドラーが共同で担当している辺り。同監督作にしてはユーモアに欠ける印象なのは、書き手の資質や色々と面倒な事情があったせいか。

現在の目で見ると犯罪の手口が大雑把で、これで成功の可能性ってあったのかな?…という気が。とは言えむしろ本作は(保険セールスマンのくせに全然腰が低くない)、主人公のハードボイルド感を味わった方がいいかもしれない。
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2024.12.12

その女を殺せ

観てみた、リチャード・フライシャー監督映画。1952年公開。

死亡したマフィアのボスが握る、収賄リストを持った未亡人。裁判に出廷するべく彼女を護送中、ブラウン刑事は殺し屋に相棒を殺害されてしまう。夜行列車に乗り込む2人、しかし襲撃者の影が常にチラついていた。同じ乗客の母子等、無関係な人々を巻き込む危険を孕みつつ、列車は進むのだが…という内容。

同監督初期のフィルムノワール。余り名前は意識しないものの、多くの有名作を手掛けている人で…本作に近い作品を挙げるなら、1968年の「絞殺魔」だろうか。犯罪サスペンスという題材と共に、画面の技巧的構成が挙げられる。

狭い空間での遮蔽物や障害物(デブのオッサンが面白い)、逆に鏡面反射を用いた広がりのある表現と、大変巧みな空間演出を見せている。加えて人物の造形や役割配置もまた、緻密に重なり合って連動させる辺りの相乗効果に感嘆する。それをしかも70分程というソリッドな尺で見せるのは、職人芸的ですなあ。
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2024.12.11

危険な場所で

観てみた。ロバート・ライアン主演、ニコラス・レイ監督映画。1951年公開。

都会の犯罪に際し逸脱した捜査を行う刑事、ジム・ウィルソン。そんな彼は上司から冷却期間を置くべく、州北部での事件に派遣される。それは少女の殺人事件で、住民はいきり立っていた。追跡の末ウィルソン刑事は、犯人が逃げ込んだと思しき民家に踏み込む。そこには盲目の女性・メアリがおり…という内容。

フィルムノワールかと思ったら、メロドラマだった。…同監督の名作、「夜の人々」(1948年)や「理由なき反抗」(1955年)を思い起こさせるのは犯人少年の存在で、彼の破滅的な最期こそニコラス・レイって感じだろう。なので、主人公刑事とヒロインの恋愛模様ではないよなあ。やたらとセンチな音楽もなんだし。

とは言え荒涼とした雪のコントラスト、白黒撮影が捉える寒々とした空気感は、これぞまさにフィルムノワールという感覚でもあるのだけれど。…ラストの甘いオチさえなければ、「嵐が丘」的な恋愛物として名作に成り得たかもしれない。
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2024.12.09

観てみた。M・ミシェル主演、ジャック・ベッケル監督映画。1960年公開。

パリ市内のサンテ刑務所。ある監房の囚人4人に、ガスパルという青年が加わる事に。実はその4人は密かに脱獄を画策しており、妻の殺害未遂容疑で投獄されたガスパルもまた、その計画に協力する。彼らは床に穴を開け、地下道を潜った先でも壁に穴を穿つ。そして遂に所外へ道を開くのだが…という内容。

実際に起きた脱獄(未遂?)事件を題材にした本作、その当事者が書いた小説を原作に、更に別の当事者が役者として出演もしている。そのお陰で大変リアリティのある脱獄描写を、じっくり腰を据えた映像を積み重ねて構築していく。

コンクリを砕く描写や鉄柵を鋸で引き切る描写を、心配になる程延々と映す反面、こんなに上手くいくもんか?と思うくらい、トントン拍子で計画が進展していく。まあ当然それだけで済む訳はないのだが…光と闇を捕らえた鋭い白黒映像と共に、人間の心理の光と闇を寡黙な男達の姿で見せる辺り、見事な作品である。
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2024.12.08

禁じられた歌声

観てみた、アブデラマン・シサコ監督映画。2014年公開。

マリ共和国のトンブクトゥ。イスラム武装集団により占拠された町では、娯楽や歌すら禁止されている。砂漠地帯で牛を放牧して家族と暮らすのは、遊牧民の少女・トヤ。ところがある日彼女の父親が、トラブルから漁民の青年を殺してしまう。捕縛された彼は、武装組織の手で処刑される事となって…という内容。

マリ人であるシサコ監督が同地の状況を描いたという本作、カンヌ映画祭ではエキュメニカル審査員賞とフランソワ・シャレ賞の2部門を獲得している。武装勢力による理不尽な弾圧には、怒りと共に恐怖を覚えるものの…弾圧する人々も決して怪物などではなく、あくまでも人間であると言うフラットな視線が見える。

とは言え同地の女性の力強さや、端々に忍ばされたユーモアがあっても、中和しきれないのが現実のつらい所。なにせ弾圧されているので、トゥアレグの音楽を堪能するのは難しいが…彼らの歴史や生活の一端が窺え、興味深い筈。
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2024.12.06

落下の解剖学

観てみた、ジュスティーヌ・トリエ監督映画。2023年公開。

雪深い山荘で、女性作家・サンドラの夫であるサミュエルが、高所から落下した亡骸の状態で発見された。その際現場に居合わせたのは、彼女と視覚障害のある息子・ダニエルだけ。当初は事故による死と思われたものの、レンツィ弁護士と共に臨んだ法廷では、サンドラの手による他殺が疑われて…という内容。

カンヌ映画祭では最高賞のパルム・ドールを獲得した本作。受賞こそ逃したものの「クィア・パルム」にもノミネートされているのは、主人公女性がバイセクシャルという設定だからかも。…本作は法廷劇の形を取っているものの、論理的なミステリと言うよりはむしろ、内面感情に訴えかける夫婦間の心理劇という趣き。

夫婦の言い争いを再現フィルム(?)で見せる辺りなどは、ウディ・アレンの映画だったらカウンセリングが始まりそうだ…とか思いながら観てた。まあ子供と犬のお陰で、いい感じに話がまとまるのだから、結構ベタな作品ではあるが。
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2024.12.05

燃ゆる女の肖像

観てみた。N・メルラン主演、セリーヌ・シアマ監督映画。2019年公開。

18世紀フランス。女性画家のマリアンヌは、結婚相手に贈るという伯爵令嬢・エロイーズの肖像画を描く為に、孤島の屋敷へとやって来た。結婚を拒む令嬢を軟化させるのに、女性のマリアンヌが雇われたのだ。だが一旦完成した絵が否定された事で再度始まった取組により、2人の距離は縮まって…という内容。

カンヌ映画祭の脚本賞とクィア・パルム、2部門で受賞した本作。まあそこからも判る通り、LGBTQ的な題材を扱っている。加えて何だか屋敷のメイドが(また)中雑中絶とがんばり始めて、どういうこっちゃ。まあ前回の映画よりは、描写がソフトで安心したものの…何でこんな映画ばかり、観ているんだろうな俺は。

本作はゆったりした時間の流れる中、変わりゆく内面的な変化を、そのまま人物の「表情」として見せている辺り、(絵画という題材が活きて)素直にすばらしい。ただ共感というのは難しいけど、そこは絵画だけに「鑑賞」しとけばいい。
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2024.12.03

あのこと

観てみた、オードレイ・ディヴァン監督映画。2021年公開。

1960年代、まだ中絶が違法とされていた頃のフランス。大学生のアンヌは学業で優秀な成績を示し、将来を嘱望されていた。ところがある日妊娠が発覚。彼女は医師に相談するものの、法に抵触する施術は手が出しようがない。アンヌはあちこちで手段を探し、遂には自らの手で堕胎を試みるのだが…という内容。

原作はアニー・エルノーの小説「事件」、ヴェネツィア映画祭では金獅子賞を獲得している。中絶を巡る女性の苦悩を中心に、社会的な是非やジェンダーの問題を描いている…のかなあ?、自分は正直言い切る事にためらいを覚える。

画面は殆ど主人公女性の姿のみを追いかけており、狭く圧迫感のある閉じた世界。しかも次々に試される違法中絶カタログ的な展開。自らの肉体を執拗に傷つける描写の連続は、これどう見てもホラー映画だろと。またもや何でこんな映画観てるのか、判らなくなった訳だが…これはこれですごいのも、まあ確か。
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2024.12.02

アイダよ、何処へ?

観てみた、ヤスミラ・ジュバニッチ監督映画。2020年公開。

1995年ボスニア。セルビア人勢力により占拠されたヘルツェゴヴィナの街では、彼らに追われたイスラム教徒が、国連軍の安全地帯に助けを求め集まっていた。避難民は武装勢力から移送を強要され、通訳として働く女性・アイダは夫と息子2人の身を案じて、必死にそれを逃れる方法を探るのだが…という内容。

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の際に起きた、「スレブレニツァの虐殺」を題材にした戦争映画。と言っても派手な戦闘や、歴史への巨視的視野がある訳ではなく…母親が家族を救おうとする、大変身近な作品として観る事が出来る筈。

当時の東欧情勢は知っていた方が勿論いいけれど…予備知識が無くても突然恐ろしい状況に投げ込まれた混乱や恐怖を、追体験できる様な説得力がある。ただそのお陰で、最初から最後まで緊張を強いられるのが仲々つらい。自分も何でこんな映画観てるのか、途中で判らなくなった程だが…すごい作品だな。
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