2013.10.15

竹内栖鳳展 近代日本画の巨人

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行ってきた、東京国立近代美術館。

今回の展覧会、筆者が行ったの実は最終日。流石に結構な人出だったんだけれど、自分が入場したのは午前中だったので、まだそれ程でもなかったのかな(会場を出る頃には、チケット購入の長い列が出来ていたし)。…本当はもっと余裕を持って行くつもりだったのだが、先週やけに暑い日に原付で遠出した際に腕にひどい日焼けをしてしまって。それが赤く火傷の様に腫れ(これまた話が長くなるんだけど…)、みっともない事になっていたもんで外出自体を躊躇していたのさ。

そんな話は別にどうでもいいや。「竹内栖鳳(たけうちせいほう)」は明治〜戦前昭和の日本画家で、西洋画から影響を受けた写実的な画風で知られている。…因みに自分が栖鳳を知ったのはそんな前という訳ではなく、今年の始め頃にEテレの番組「日曜美術館」で特集されていたから。で今回の展覧会に合わせてまた採り上げてたけど、年2回特集されるというのはあの番組では珍しいかもしれない。

半世紀に渡るという、彼の長い画業の通り展示されている作品もかなりの数で、そこから来る作風の移り変わりにも同じく見応えがあった。とは言え上述した通り会場内は結構人が多く、空いている絵から飛び飛びで見ていったせいで、入場口近くの一番混んでいる場所にある初期の作品は、結局ロクに見られなかったよ…

でも代表作に関してはじっくり見られたのでまあよし。彼の持ち味とも言われる、写実的な画風で描かれた獅子や鳥、虎や魚といった動物の数々は特に素晴らしく、思わず「カッコいい…」と洩らしてしまった(というか身を乗り出しすぎて、頭をガラスにぶつけてしまい「イテッ」と洩らしてしまったがな)。いや、本当にカッコいい。

だから今回見たかったのは、「日曜美術館」で事前に知ったそうした動物画だったんだけど…そういや「美の巨人たち」の方で紹介していた猫の絵(「班猫」)はどこにあるのかな?、と思ったら人だかりがしていて面倒だなとスルーしていた場所だった。おっとあぶない見逃すとこだった。カッコいいと言うか、これは和んじゃう。

ぶっちゃけると、個人的に日本画ってそんな好きではないんだよね。勿論凄い作品は凄いと思うけれど、伝統的な狩野派などより琳派や伊藤若冲の様な対抗勢力の方が面白い(まあ筆者に限らず、近年の人気は多分そんな感じ)。…それらと同様に栖鳳も、日本画に洋画の要素を採り入れる革新的な作風が、また逆に単なる洋画の猿真似に陥らないオリジナリティが、何とも魅力的に感じられる。

とは言うものの、逆にちぐはぐだなと思える部分も無きにしもあらずで、例えば洋行の体験から採り上げられたベニスやローマの風景は、水墨画調に描かれると何か違和感があるなあ?と(…でもそうしたタッチにスピード感が加わったもの等はターナーみたいでいいじゃないと思ったら、実際影響は受けているみたい)。

企画展の後は例によって、同美術館の常設展示も見た。萬鉄五郎やら梅原龍三郎やら、上記TV番組で紹介された記憶のある絵も色々見る事が出来た。でそういう中に何故か栖鳳の作品もあって何で?、と。それが(確か)「鳥獣戯画」の蛙の模写なのも面白い。成る程動物上手になるには、色々描かんといかん訳だ。

とまあそんな訳で、最終日までズルズル遅らせちゃったけど本当に行っておいてよかった。で、その後はまだ見てなかった「あの花」の映画をハシゴする事に…したはいいが、上映まで数時間ヒマになってしまった。仕方ないので友達の家に上がり込んで、アメトーーークの録画を見ていた。別にどうでもいいや、そんな話。
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2013.09.21

アメリカン・ポップ・アート展

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行ってきた、六本木の国立新美術館。

筆者六本木って場所には、これまでに行った記憶がないんだけど。いや自動車に乗って通り過ぎた事くらいはあったかな。要するに全くの不案内だった訳だが、今回は新兵器スマホの「地図アプリ」があったので、意気揚々と乗り込んだのさ。

まあそれが罠だったという。ナビを見ながら目的地に向かったはいいが、どうも「徒歩モード」で使用したのがまずかった(?)らしく、アプリが指示する経路を外れてもその位置情報が反映されない。更に自分が一体、地図上のどの方向を向いているのかすら判らない状態に。…帰路に改めて「自動車モード」で試したら上手くいきそうだったので、今後どこかへ行く用事があったらそっちを使う事にするよ。

でどうにかこうにか辿り着いた国立新美術館。えらくモダンな建物だな。…アメリカの「ポップ・アート」に関しては改めて説明する必要は無いと思うけれど、今回の企画展に関してはアンディ・ウォーホルやロイ・リキテンスタイン、ジャスパー・ジョーンズ等の同美術運動における代表的作家と個人的な交流のあった、ジョンとキミコのパワーズ夫妻という人のコレクションを一堂に会したしたものだとの事。

筆者、過去に割とポップアート作品は見ているんだけどね。と言うのも同運動ではリトグラフやシルクスクリーンといった「版画」作品が多くを占めており、各地の美術館に結構収蔵されているから。例えばMOTに別の企画展で足を運んだ際、ついでに覗いた常設展示でもウォーホルやリキテンスタインは見る事が出来た。

だから今回のポップアート展にわざわざ出掛けたのは、主にジャスパー・ジョーンズが目当て。…筆者ジョーンズは以前からかなり好きだったのに、これまで上記作家の様に見る機会には恵まれなかったという事もあって。今回ジョーンズ作品だけでもかなりの点数の展示があったので、それだけで充分満足できたよ。

だから個人的な見所としては、ジョーンズ作品を推したい所だが…今回一番気に入ったのは、実はロバート・ラウシェンバーグだったりする。彼の名前は以前から聞いた事あったけど、見るのは初めてのはず。主にモノクロ調の版画で、特徴としては写真をコラージュした荒々しい画面。どうも何かに似てるんだよなこれ…と思ったらあれだ、ハードコアパンクのジャケットだ。そら筆者好きになるわいな。

もちろんウォーホルやリキテンスタインも悪くなかったけど、どれも似た様な調子だから新鮮味は無いやね(そういう大量生産文化どうのを表現したものだし)。…でも夫妻は作家達と個人的交流があったという事から、特にウォーホルは彼らをモチーフにした作品を制作しており、それらも展示されていた。会場内をちょっと歩くと、あちこちで夫人の肖像に出くわすという…(あれでも一部なんだって!)。

…あとそうそう、ジョーンズの作品は印刷物で見るより色彩的にずいぶんと鮮やかな印象があったな。「ハッチング」シリーズが展示のかなり多数を占めていたせいもある様に思うけれど、有名な「標的」や「星条旗」にしろ、くすんだ無彩色のイメージとは実はだいぶ違っていたのだなと。成程それは確かに発見だったかも。

てな感じで一通り回った後に会場を出て、そのまま続けてもうすぐ上映が終了するという「ショートピース」をハシゴして観てきた。…因みに大抵の美術館なら上述したみたいに「常設展」が無料で見られるもんなんだけど、今回の国立新美術館では「公募展」が併設で行われており、それらを見るには別途入場料が必要だったのでそのまま帰ってきてしまった。結構面白そうではあったんだけどねえ。
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2013.06.10

空想の建築 ―ピラネージから野又穫へ―

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行って来た、町田市立国際版画美術館。

町田って土地は一時期通っていた事もあって結構知っているつもりだったんだけど、この施設に行くのは初めてだった。まあ駅周辺からは結構離れているので、ぶらりと通りかかるという事はまずない場所。…と言うか時計では確認しなかったけど「駅から15分」って本当かね? 途中に急坂があってかなーり大変。少なくとも上り勾配になる帰りは、絶対15分じゃ無理だな(息が上がってしまったよ…)。

で今回の企画展は(版画に限らず)、古今東西で人々の空想の中で存在して来た「建築」を集めたもの。…古代エジプトの神殿から、現代作家による未来建築までとイマジネーションを刺激する作品が採り上げられており、足を運んでみた。

特に展覧会名に名前が挙がっている「ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ」には、以前から興味があったもんで。ピラネージは18世紀イタリアの画家で、主に建築物を描いた版画作品により知られている。ユイスマンスらのロマン主義作家達にも大きな影響を与えたとの事。個人的には世界三大「廃墟」画家、という印象。ユベール・ロベール、モンス・デジデリオ…そしてピラネージといった具合。

何でかは知らないけれど彼の描く建築物は半分崩壊・廃墟化して、更に植物が生い茂っている。一時期流行った、ポスト・カタストロフィもののイメージを先取りした作品として見ると面白いかもと。特に有名なのが「牢獄」と言われる一連のシリーズで、巨大で幻想的な建築物の内部に囚われた罪人達の姿が描かれる異様な版画作品。…当展覧会でも数点の作品が展示されており、見入ってしまった。

と思って検索したら、昨年別の美術館で「牢獄」の初版と二版を併せた全点を公開した展覧会が開かれてたんじゃん。知らなかったがな。…まあ、いいけどよぅ。

それ以外にも色々と見られて面白かったな。最近の作家だと、フランスの銅版画家エリック・デマジエールによる、ボルヘスの「バベルの図書館」を題材にした連作なんか実にカッコいい。…そういや何かに似てるなと思ったら、最近ニャル子さんのアニメで見たセラエノ図書館だな(マテ)。アルアジフとか収蔵してますか?

でもう一方の「野又穫(のまたみのる)」は東京出身の画家。空想の建築物を描き続けているとの事。大きなサイズのアクリル画を中心に展示されており、パース画と言うより図面っぽく平面的に描かれた絵は、コンセプトデザインのためのイラストにも見えて一種独特。理系思考的に平明で、整然とした作品群となっている。

この人の作品はどちらかと言うと、併設されていた「ドローイング展」に展示されていたものの方が、個人的には魅力的に見えたかな。小さい絵の方が「精密感」があるし、架空の建築物のミニチュアといった風情から、より愛らしく感じられた。

まあ何にせよ、楽しめたよ。…で余り関係ないんだけど、最近の美術展の図録を見ると大抵「ISBNコード」が入っていて不思議だった。そういうのって一般販売していたからなんだね。当展覧会の図録もアマゾンで通販をしていて、成る程なと。
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2013.06.09

現代スペイン・リアリズムの巨匠 アントニオ・ロペス展

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行って来た、渋谷Bunakmura ザ・ミュージアム。

この会場は何度も行っているから、迷ったりはしてないよ(いや初めて行った時だって迷わなかったもん、確か)。でもビッグ・ティー・ドア…じゃなくて「オーチャード・ホール」は、自分の趣味とはちょいずれているからか利用した事がない。でも「ようこそようこ」的にいわゆる「聖地」なので、いずれ行っておきたいなと思う訳で。

「アントニオ・ロペス・ガルシア」は、1936年に誕生したスペインの画家。マドリードの地におけるリアリズム絵画の作家として知られており、日本でも以前より企画展の一環として作品が公開されていた。当展覧会はロペスの日本(彼の弁によると東洋としても)における初の個展となる。…彼の名は、先日当ブログでも紹介したビクトル・エリセ監督の映画、「マルメロの陽光」との関連でまず知られている。

その映画の内容からも窺える通り一作にかける情熱が尋常ではなく、大変な寡作だとの事。今回の展覧会では美術学校時代の10代の作品から始まって近年の作品、絵画やレリーフからブロンズ彫刻までという風にまさに包括的な展示となっている。…が印象としては何とも「未完成」「現在進行形」な雰囲気が漂っている。

と言うのもロペスという作家は自作に常に手を加え続けており、「完成」という状態にはなかなか至らないとの事。…今回の展示作品でも、図録用の写真撮影を行った後に更に加筆がなされており、そちらに収録した図版とは違ってしまっているらしい(と「マルメロの陽光」上映会の際の講演で、評論家の方が言ってたよ)。

(映画でもそういう場面があったが)絵に描かれた対象の「位置」をずらすために絵の具で塗りつぶして、その上から描き足す…という作業の痕跡が作品上からも窺えた。手や顔の一部がうっすら残っているという、ある種シュールな状態になっている。…いやそうした状態を悪いって言いたい訳じゃなく、絵画にとって常に変貌する状況に置かれた、まさに「生命感」の根元になっているんじゃないかな?と。

映画「マルメロの陽光」において描かれた、まさにその絵を見る事が出来たというのも嬉しかったな。勿論その絵も未完成に終わってしまったものなので、作品として公開する事に当の画家自身はどう思っているのか判らないけど…劇中でマルメロの実に×を付けた通りの印が、絵にも描かれていたので微笑してしまった。

今回の展示における白眉はやはり、マドリード市街をパノラミックに描写した風景画群(当人は特に連作とは意識していないとの事だが)。どれも地平線を画面真ん中に置き、空と地上の建物を均等に描いているのが興味深い。彼の風景画には実は人物はほぼいないんだけれど、そこに寂寥感や無常感があるのではなく、自然とのバランス・調和が意図されているのだと考えると面白いんじゃないかな。一瞬にして空気や天候が躍動し、都市と一体化しそう…そんな予感がする。

ああでも、彫刻作品はよくわからんかったな、下半身丸出しで寝てるオッサンとか。これも自然主義的なナントカ…みたいな解釈も可能だとは思うけど、理解不能の「奇矯さ」みたいな事にしておいた方が、面白いかもしれん(いい加減だな)。

何にせよ、事前に「マルメロの陽光」が観られたのは本当に良かった。そのお陰で今回の展示作品から色々と感じ取れたものはあったと思う。…だから映画のソフトはすぐにでも再発するべきだよね、エリセBOX再々販とかさ。オムニバス短編含めた映画全作に、ドキュメンタリーを一緒にリマスターBD化とか…どうすか?
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2013.05.02

J.トレンツ・リャド没後20年展

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行って来た、代官山のガレリア・プロバ。…いろはを見た足で一緒に回っといた。

何しろ代官山という場所には初めて行くもんで、渋谷から東横線に乗ったはいいが、急行だったせいで通過してしまったのだわ。各駅停車に乗り換えて戻って、代官山駅からは歩いたんだけど更に難儀した。いやまっすぐ進めばすぐに辿り着いてたというのに、途中で自信が無くなったせいで無駄に迷ってしまったのさ…

しかも筆者実は「画廊」って場所で絵を見るのは初めてだったので(大抵は美術館だな)、入店する前に緊張してしまった。で扉を開けて入ってみると中にいた画廊の人から、今日は定休日ですよ、と言われてしまいショック。…すごすご帰ろうかと思ったら大変有り難い事に、特別に見ていってもいいとのお言葉。よかったあ。

「ホアキン・トレンツ・リャド」とは、1946年にカタロニアで生まれたスペインの画家。マジョルカ島を描いた風景画を中心に、同地で作品を制作し続けた。1990年頃より日本でも紹介されるようになり、2009年にはテレビ東京の美術番組「美の巨人たち」でも特集された(筆者もその番組で知った…という事を画廊の人に言ったら、割と最近ですねwと返されてしもうた)。1993年、残念ながらこの世を去った。

今回の個展は彼の没後20年を機に開かれたもの。油彩や水彩の原画11点(あと筆を握った手をかたどったブロンズ像も1点)が展示されるとの事で、そりゃ是非見ておきたいなと。…まあ画廊の一室で行われるものだから流石に美術館の様にはいかないけど、(上記の事情もあって)貸し切りみたいな形で見られたという。

展示された原画は、油彩水彩共に風景画のみ。人物画が何しろカッコいいので、一度は見たかったのだが仕方ない。と言うものの風景画も、「20世紀最後の印象派」と呼ばれるリャドらしい筆触と色彩の乱舞する作品で、やはり見応えある。

風景画だと割とタッチは一様だが、人物画では画面に緻密に描写された部分がある一方、その中心部から外れると徐々に解像度を失う感じで、その画面上の変化がドラマチックに素晴らしい。あと画面内に「枠」が設けられる形になっていて、それに書き文字が加えられるというグラフィカルな要素もまたカッコいいのよね。

個人的には、フランスの元祖印象派自体はあまりピンと来ないんだけどな。…しかし上でも書いたけど、筆者画廊に行く事自体初めてだったもんで、飾られた絵の横に「値段」が書いてある状況自体に不慣れでちょっとドキドキしてしまったわ…そのせいで、なんか絵に集中できなかった気がするよ。8桁の価格が付いてた絵もあったのに、そういうのも「売約済み」になってたりするし。すごい世界すなあ。

まあそういう下世話な話題はともかく、実に眼服でした。…帰り際に定休日でも構わないとの事だったので画集を買って喜色満面だったけど、自分も小さなリトグラフ程度なら手が出ない事もなさそうだったので、一枚部屋に飾ってみようかな。
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2013.04.06

エドワード・スタイケン写真展 モダン・エイジの光と影1923−1937

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行って来た、世田谷美術館。…円空展を見た帰りの足で、併せて見ておいた。

こっちも同じく終了間際(4/7まで)だったもんで。会場は小田急線が最寄り駅という事で(筆者にとっては)好都合だなと思い、少々強行軍ながら行ったんだけど…ちょっと甘くなかったかも。いや駅から結構バスに乗る上、本数が少なくてな(大体1時間に3本)うへえ。だから本来は、自動車で行くべき施設だったんだろうね。

「エドワード・スタイケン」は、20世紀初頭より活動していたアメリカの写真家。主に「ヴォーグ」誌に掲載された初期のファッションフォトやポートレートにより知られ、それらの分野を切り拓き商業写真を芸術にまで高めた存在。当展覧会は世界各地を巡回して来たもので、今年は作家の没後40周年にも当たっているとの事。

まあ筆者も実は今回初めて聞いた名前だったんだけど、何か面白そうだから見ておくかと。以前からファッション写真というものに興味もあったし。…で実際展示された作品を見てみると、そうした内容以上に「有名人カタログ」といった趣だった。

上記の通りスタイケンは各界有名人のポートレート写真を多く手掛けており、その分野でも有名ならしいのだが、想像以上にモデルになっている人脈が多岐に渡っていたのに驚いた。…例えば当時有名だった女優やダンサーをはじめ、W.B.イェイツやガーシュインといった作家や作曲家、政治家・文化人が勢揃いしている。

いや女優さんの存在は、今でもファッションとは分かち難く結びついているので当り前か。グレタ・ガルボやマレーネ・ディートリッヒ辺りの現在も名前が通ってる有名人は当然として、筆者も名前を知らない様な俳優でもキャプションの作品名を見ると結構知っている映画に出演している人で、何だか嬉しくなってしまった。

しかもルビッチやシュトロハイムといった、監督の写真まであったし。その辺の人達の事が結構わかったので、白黒・サイレント期の映画は観といてよかった。

そういう楽しみ方は勿論として、写真としてもなかなか興味深く見られた。スタイケンの作品は「ピクトリアリスム」と呼ばれるもので、絵画的な加工を写真に施すという手法らしい。それゆえに批判をされる事もあったようだが…筆者的には左右対称の構図や、画面を垂直水平、斜めに細分・反復化する幾何的な画面構成が面白い。これには「アールデコ」からの影響があったようで、時代的にも成る程と。

でスタイケン展を見た後に館をぐるっと回ってみると、併設展として梅原龍三郎が描いた高峰秀子像のコーナーがあった。…高峰秀子の愛称は「デコちゃん」、デコちゃん、デコ…アールデコ! なんだデコつながりかよと、内心ウケてしまった。
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2013.04.05

飛騨の円空 千光寺とその周辺の足跡

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行って来た、上野・東京国立博物館。

例によって会期ギリギリ(4/7終了)になって。もう少し早めに行っておけば、上野公園の桜も見られたのにな…と思ったけど、それならそれで余計に混雑していただろうから別にいいや。それとは別に先月までは王羲之の書も併せて公開されていたので、それは見たかったな。今日も平日午前中にも関わらず結構な人出。

「円空」というのは…説明の要はないだろうけれど、江戸時代初期の僧侶にして仏師。全国を行脚して、その土地土地に仏像を残した事で知られている。その数実に12万体(!)。断ち割った木から彫り跡も荒々しい独自のタッチにより制作したもので、信仰対象の仏像を持たない民衆のために大量に作成したと言われている。本展覧会では飛騨・千光寺所蔵のものを中心に、100体程を展示したとの事。

筆者が円空を知ったのは、多分「ギャラリーフェイク」で読んで。本物と古電柱の木から作った偽物とを見分けるって話だったかな。それで興味を持ったという。…しかしこの漫画って当時、オタク/漫画好きの美術知識を格段に引き上げたよな。現在同博物館では「根付」の展示もしていて、そういやこれも同作で覚えたわと。

今回の展示会場は一室で案外こじんまりとしていたのだが、「照明」のお陰か不思議な雰囲気が漂っていた。…周囲を暗くして、上方からのライトで仏像に深い影が落ちる様セッティングされており、これが何とも言えない迫力と存在感を醸し出している。目の前に実際ある仏像を見ている筈なのに、まるで異空を覗き込んでいるかの様ですらあった(台座に置かれた鏡による反射の効果もあったっぽい)。

上記の来歴から、円空の仏像に対しては小型のものばかりというイメージを持っていたので、結構大きなのもあって驚いた。…自然木の素の姿をそのまま活かした物も面白いのだが、細長い姿の仏像からはまるでトーテムポールを思い起こさせる。そういや確かにこれは、アジアのプリミティブアートそのものだなあと。

そのせいか美術品というより何だか土産物に見えてきて、1個うちに持って帰りたいわーと思ったりしてな。まあ何にせよ見られて本当によかった。…あと同博物館に行くのは結構久し振りだったので、常設展示も結構じっくり見てから出たよ。
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2013.02.02

MU[無]─ ペドロ コスタ & ルイ シャフェス

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行ってきた、品川・原美術館。

午前中にハンタ映画を新宿で済まして、そこから品川に足を伸ばして見て来た。ただ駅からのアクセスが余り良い場所ではなく、行く前はどうしたものかと。徒歩15分程との事だったので、まずは美術館のサイトにあった地図を頼りに歩いた。

ところがその地図が非常にわかりにくくて断念、一旦駅に引き返してバスに乗る事に。近くにいた警備員の人に聞いた乗り場へと赴いて、到着したバスの運転手に会場近くの停留所に停まるかどうか一応確認したら、停まらねえよとぞんざいな返事。どういうこっちゃ都営バス、ファック! …でまあ仕方ないので、タクシーを結局利用した。折角映画の日で安く浮いた映画料金が、元の木阿弥だという。

道が判ったので帰りは駅まで歩いたけど、実際本当に判りにくい。これは地図が悪いとばかりも言えなかったなと。…で到着した会場は、閑静な住宅地にあるこじんまりとした美術館。古雅な和風の土壁に囲まれた建物で、仲々いい雰囲気。

今回の主役である「ペドロ・コスタ」はポルトガルの映画監督、そして「ルイ・シャフェス」もまた同国の彫刻家。「溶岩の家」や「ヴァンダの部屋」等、筆者コスタの映画は以前から見知っていたので、今回の催しに足を運んだという次第。…内容はコスタの映像に、シャフェスの彫刻作品を関連させつつ展示するというもの。

シャフェスの彫刻は、鉄を素材にした大型の物が中心。それらは皆「黒」一色に塗装され、照明を控えた展示空間とも相俟って独特の存在感を放つ。…特に注意を引かれたのが、恐らく刑務所で囚人と面会者を隔てる為に使われるスペース(映画でそんなのを見た)。まさに一種異様な物体が、場に忽然と存在していた。

一方コスタの展示は、自作の映画用に撮影された映像素材をプロジェクタで投影するもの。前述の「溶岩の家」の際にロケーションを行った「カーボヴェルデ」諸島、「ヴァンダの部屋」等で採り上げたポルトガルのスラム街「カザル・ダ・ボバ地区」の風景や、人々が織りなす営みの情景を定点カメラにて撮影している。

だから個人的には割と事前に知っていた題材だったので、ははあんと。特にカザル・ダ・ボバの映像では背後に工事の様な騒音が鳴り響いており、そういやこの地区は取り壊しが進んでいるんだよな、と案外理解出来てしまった。…で今回の展示でもやっぱりそこの住人が「ヤク」をやっていて、これでもかよと。そうした現実に存在する問題をありのまま提示する意図があるのだろうけれど、重いなあ。

でも今回ちょっと和んだのが同じくカザル・ダ・ボバ地区の映像でも、ベッドのある室内の様子が撮影されたもの。そこでは何をするでもなくゴロゴロと怠惰に過ごす人物達の姿が投影されているのだが、ふと気付いたら何やら耳に覚えのあるメロディーが聴こえて来た。…画面の中の人物はテレビだかラジオだかで音楽を流しており、その曲というのが何と、カードキャプターさくら主題歌の「プラチナ」。

オリジナルでは坂本真綾さんが歌っていた曲だけど、今回の映像中で流れていたのは違う言語(ポルトガル語?)による別バージョンだった。そんなものが存在する事自体知らなかったし、まさか今回みたいな現代美術の展示でさくら主題歌を聴く事になるとは…ビックリ。その上何時間分か判らない様な長い上映の中で、その曲がたまたま流れた時に自分が居合わせた偶然に本当に驚いてしまった。

まあ作品の本質とはまるで外れた話題で失礼。閑話休題…とにかく美術館と一体化している今回の展示方法は、実際見応えあったと思う。映像展示が行われるスペースが一寸先も判らない「闇」で恐る恐る中に入ったのだけれど、それは彫刻の「黒」と共振し(作品そのものではない)「空間」が何か語りかけて来るかの様。

…帰り際に野外彫刻のそばの木にとまっていた真っ「黒」いカラスが、大きな声で「カー」と鳴いていた情景もまた、今回の展示の一環みたいな気がして来たよ。

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2012.04.25

生誕100年 ジャクソン・ポロック展

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行ってきた、東京国立近代美術館。…筆者こうした美術展に行くのはえらく久々になるのだけど、別にその手の分野に興味を無くしてしまっていた訳じゃないのよ。面白そうな企画があっても、単に開催に気が付かず行きそびれる事が多くて。

で先程見て来たのが「ジャクソン・ポロック」展。…彼に関しては当ブログでも以前「ポロック 2人だけのアトリエ」という伝記映画を紹介しているけれど、第二次大戦後のアメリカ現代美術における最大の作家とも言われている人物。その画風は床面に置かれたカンバスに絵の具を垂らす「ドリッピング」や、流し込む(垂らした絵の具で線を引く)「ポーリング」という画期的な技法の数々を用いた抽象絵画。

今回の催しでは独自性の確立に苦闘する初期から上記技法を駆使した代表作、そして晩年の作品…と彼の画業と生涯を一望できる内容になっている。難解と言われがちな作品群だが、個人的には映画を観ていた事もあって割とすんなり楽しめた。ピカソやミロといった先人の影響も強い時期や、自らの作風の打破に懊悩する後期も想像以上に面白かったのだが、やはり全盛期の50年代が白眉。

カンバス上に色彩が乱舞し、アクションペインティングによる肉体性を伴った構成がリズムを形作る。画面に視線の焦点を合わせずに眺めると、まるで奇妙な空間を幻視するかの様。…ただ思ったより全盛期の作品が少なかったのは残念。

ところでStone Rosesのジャケットに使われた絵は展示されてるのかな…と思ったら、あれ実はポロック本人の作じゃなくバンドメンバーがそれっぽく描いたものだったのね(という関連作品の展示が、愛知では併設展として行われたらしい)。

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2008.08.07

青春のロシア・アヴァンギャルド シャガールからマレーヴィチまで

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行って来た、渋谷Bunakmura ザ・ミュージアム。例によって今日も本当に暑くてどう仕様もなかった。午前中なら涼しいかなと思って出掛けたけれどとんでもない、会場を出る頃には正午近い真昼の太陽に炙られてぶっ倒れるかと思った…

いやそれはともかく今回の催しは、20世紀前半に勃興したロシアの前衛芸術運動の作品を展示するもの。有名な作家としては、シャガールやカンディンスキー等の作品を見る事が出来る。特にカンディンスキーに関しては、つい先日バウハウス展で見たような純粋抽象以前の、印象派風作品だったりして興味深い。それからシャガールは…今回初めて実物を見たのかな。思ったよりもいい絵じゃない。

それ以外となると有象無象と言うか、全然名前も知らない作家ばかり…あ、でもアルキペンコは知ってたか。でも「未来派」という文脈で記憶していたから、完全にイタリアの人だと思い込んでいた。ありゃ、意外な形で記憶が改められてしまった。

まあそれで全体的な印象としては、「面白くはあった」のだけれど「凄くはなかった」とでも言うか。野獣派にしろキュビスムにしろ、大抵は西欧で起きた美術運動を模倣する形で再現されており、それを越えるほどの独自性は見られないような気がしてしまう。…だが作品単体で見ると、ロシアって土地の農民生活と前衛表現が結び付いたようなのは実際面白い。筆者自身農業には関わりを持つ者なのだが、それをどう観察したらあんなキテレツな表現になるんだ、とか思うとなおさらね。

しかし入稿直後で体力が回復してないのか、会場を回っていても椅子を見付けたらヘナヘナと座り込んでしまった。…でももう会期も終わるし見といてよかった。
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2008.07.14

バウハウス・デッサウ展 BAUHAUS experience,dessau

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行ってきた、上野の東京藝術大学大学美術館。

いやあ暑かった。駅から公園突っ切って会場まで行き来しただけで頭クラクラしてしまったよ。睡眠不足だったしな。…まあそういう訳で、日本で開催されるバウハウス展としては13年振りとなるらしい今回の催し。「いかにも」な感じがするだけにちょっと意外な気もするけれど、そういう訳で筆者としても初めて足を運んだ。

個人的にバウハウスに興味を持ったきっかけは…全然覚えてないな。子供の時分からドイツの工業製品が好きだったという経緯はあるけど…それって戦車とか戦闘機じゃん。それこそ当時の政権から弾圧を受けたバウハウスからは、正反対の位置付けになる。実際バウハウス的簡素さ(まさにミースの言う)から較べると、大戦時のドイツ兵器には装飾的要素とはまた違う「華美」があると気付く。かも。

今回の催しを見ても、美術・造形運動としての理念以前にバウハウスはどんなに歴史的に有名であっても元々「学校」な訳で、学業的成果を陳列する文化祭の展示と言う程には大差無いのはちょっと面白かった。無名の生徒が授業で描いたであろう習作をあれこれと眺めていると、なんとなく微笑ましい気分になってしまう。

そうしたものの一方、バウハウス理念が到達点として目指したという「建築」に関する数々の展示は実に良かった。特にデッサウ校舎の校長室を再現したという空間。整然とした実用性を伺わせる室内なのに、不思議なもんでまるでインスタレーション作品のような雰囲気も感じさせるという。…まあこの辺が今回の白眉。

関係ないけど、少々疲れて併設展は今回パスしてしまったのだが、会場を出た後ポスターを改めて見たら高橋由一の「鮭」が見られたらしい…失敗したかな?
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2006.09.22

伊藤彦造 追悼展〜天才絵師100年の軌跡〜

行って来た、弥生美術館。…伊藤彦造って人は昭和初期の児童向け雑誌、「少年倶楽部」や「少年画報」を中心に活躍した挿絵画家。驚くほど細密で、尚かつ迫力のあるペン画作品で知られている。今回、「回顧展」でなく「追悼展」と銘打たれているのが不思議だったのだけど、亡くなられたのは実はほんの2年ほど前(享年100歳!)だったのだね。

筆者がこの画家を知るきっかけになったのは、ふゅーじょんぷろだくと社から刊行されていた雑誌「リトルボーイ」の特集記事(…また誰にも判らないような事書いてるな)。自分が知らない過去の時期に、これ程に稠密で大胆、更にモダンな絵を描く作家がいたのかと、本当にショックを受けた。

今回の展示は(会場の規模からして致し方ないが)こじんまりとした感じ。思ったより原画の展示が少なかったのは、正直残念。それでも実物を目の当たりにすると、美しさに本当に息を呑んでしまう。印刷物からは(特に昭和初期の未熟な印刷技術、劣悪な紙質では)とてもじゃないが伺い知れないような「アトモスフェア」みたいなものを感じた。いやあ、マジすご…
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2006.03.24

転換期の作法〜ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリーの現代美術

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行ってきた、東京都現代美術館。

んーまああれだね、今回の企画展示は個々の作品の内容がどうとか言うより、東欧の現代美術シーンの現状(日本にいてはあまり知られる事のない、当地で活動を行うアーティストの名前や活動)を伝えるための、一種の「ショウケース」として見るべきなんだろうな。

…つまり何が言いたいのかってーと、結構微妙。やたらビデオアート作品ばかりだったのも、ちょっとどうかと思った(見るのに時間かかるし)。

一緒に見たのが、併設の「「日本画」から/「日本画」へ」。こっちは実に見応えあったな。…現代日本画の画家の方々の活動も仲々知られていないけど、今回実際触れてみて結構衝撃(特に松井冬子氏や三瀬夏之介氏)を受けてしまったよ。…買う予定なかったのに、図録も購入してしまった。

常設展示はコラージュ作品なんか色々見られて、こっちも楽しかったよ。
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2006.02.10

「書の至宝‐日本と中国」展

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行って来た、上野・東京国立博物館。…筆者、小学時代は毎週日曜朝には書道教室に通っていた。結局そんな「書」が上達した訳でもないけど、一応「初段」は持っているよ。当時はイヤイヤながらだったけど、案外好きだったのかなあ?、こうした催しに足を運んでいる訳だしね。

今回は、特に貴重な展示があるとの話…だったんだけど、結局自分の好みは根本的に変わらない事も確認したよ。王義之(おう・ぎし)とか…凄いんだろうけど、あまりジックリ見る事もなく簡単に済ませてしまったなあ(…ひどい混雑で、そういう訳にもいかなかったって事情もあるし)。

自分はやっぱり「篆書(てんしょ)」や「隷書(れいしょ)」辺りが好きだな。タイポグラフィや組版みたいな事に興味を持つと、どうもデザイン的な面白さに反応してしまうように思う(…実は自分でも篆刻した事があったり)。あと、あんまり大きな声じゃ言えないけど、併設展の現代書道家の作品の方がカッコよかったかなあ、なんて…
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2005.11.23

生の芸術 アール・ブリュット展

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行って来た、HOUSE OF SHISEIDO。…「アール・ブリュット」というのは、いわゆるアウトサイダー・アート(精神に障害のある人による芸術)の事。

個人的には正直、こういった作品を「芸術」と呼ぶのには抵抗がある。美術とは基本的に「理性」や「悟性」の産物と考えるし、この手の催し自体が(現在では死滅したに等しい)「フリークショウ」の見せ物と、何が違うんだって思うから。…だからもしアール・ブリュットが芸術であるならば、それを見抜いた本業芸術家の眼差しの中にこそ、その本質があるのだろう(「芸術家が選んだ」というレディメイドと、根拠としては近しいかもしれない)。

ただ内容的に興味を引かれるのは、「元型論」との関連。…筆者実はユング心理学は半ば信じちゃってるんだけど、彼が研究した患者の絵画に見られる神話・錬金術的表徴が、今回の展示作にも同様に見られると思う。

…上記のように個人的には芸術作としては疑問だけど、実際作品に触れてしまうと精神そのものを掴んで放そうとしない、吸引力があるのは確かなようだ。…筆者ダーガーの前のソファに座って、ちょっとくつろごうとしたのだが、とてもじゃないが無理だった。実のところは今回、圧倒されほうほうの体で逃げ帰って来た、というのが正直な印象だったかも(…やれやれ)。
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2005.11.02

イサム・ノグチ展

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行って来た、東京都現代美術館。

いやあ、今回はアホみたいな真似してしまったよ。展示会場に入って、いきなり変だとは思ったんだ…何か人の流れが自分と逆だって。いや、どうやら出口から入ってしまったみたいで…だからもう、展示の進行が台無しorz

…で、今回の印象はと言うと、(別に上記いきさつとは関係ないけど)展示物と展示空間との関係性にばかり、思いを巡らせていたな。絵画と「壁それ自体」との関係がそう重要視される事はあまり無いけれど、今回のように彫刻、特に抽象性の高い作品の場合は、周囲と一体になった空間の一部として認識される(…その関連性をさらに押し進めたのが、インスタレーション芸術だろう)。だからノグチが、最終的に自然環境まるごとを含んだ「ランドスケープ」的な表現に行き着いたのは、むべなるかなと思う。

展示作品ではやはり、「エナジー・ヴォイド」が圧巻。でも自分が模型とかする人間だからって事もあるのか、石のつなぎ目なんかの工程要素ばかり気にしてしまうのに、内心苦笑してしまったよ。
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2005.10.25

巨匠デ・キリコ展 東洋の理想

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行ってきた、大丸ミュージアム・東京。

今回の展示の印象はと言うと、まず現物を目の当たりにして思ったのが、「ああ、こりゃ諸星大二郎だな」。…諸星氏の絵柄自体のルーツがどこにあるのか、案外詮索されないんだけど、あの蠕動し不安感をもたらす「線」にデ・キリコとの共通性を見出した(…そう気付いてしまうと、最早そういう風にしか見られなくなって、ほとほと困っってしまったのだが)。

…作品を間近で見ると、印刷物で見た場合と違って「マチエールがキタナい」ね。だから正直第一印象はあまり良くなかったんだけど、普段より「もっと距離を取って見てみるべきなんじゃないか?」という事に気付いた。…そうして3mばかり離れて改めて見直すと、全く違う感触を得る事が出来た。

デ・キリコの絵画は自ら「形而上絵画」と呼ぶように、内面的思念を画面に定着させたものと言うより、概念としての存在を予め約束された「イデア」に近いものなのではないかと思う。だからこそ、見る者と作品との距離感も、通常の絵画とは全く異なるやり取りが必要とされるのだ、などと考えてしまう。
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2005.09.23

ギュスターヴ・モロー展

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行って来た、渋谷Bunkamuraザ・ミュージアム。

ここの会場行くの初めてだったんだけど、えらい判りやすい良い場所にあるな。まさに一等地、平日なのに結構な客の入りがあったのにも納得したよ。今回は兎に角「出現」が見たかったので、大満足して帰って来た。

この画家を最初に知ったのは…きっと澁澤龍彦の美術エッセイ読んでなんだろうな、どうせ(…結局自分は好み的に現代美術にシフトしてしまったので、この人が紹介した画家とは少し離れてしまったんだけど、メインストリームでない「美術」との最初の接点なので、いまだに強い影響を感じる)。

…モローの作品を実際に目の当たりにした印象は、印刷物やモニター上で見るより遙かに色彩が生々しいって事かな。神話や聖書に題材を取った画風は同時代的(印象派がそう)には最先端って訳ではなかった筈だけど、だからこそ逆に内面の表出として受け止める事が出来る。

眺めてぼんやりと考えたのは、これは「幻想」ではなく「幻視」の絵画なのではないかって事。モローは脳内のイメージではなく、現実的な視覚として感じてたんじゃないかなーって…いや、まあただの妄想だけどさ(大丈夫か?俺、完徹なんかしていくもんじゃないなあ…)。
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